❏大学受験で男女交際を封印
日本に長く君臨してきた大学入試の体制は日本の社会に幾多の陰を落としてきたが、その一つが健全な成長をすべき時期に男女関係を育む機会を喪失させてきた弊害である。恐らく為政者は、都合良いとでも浅はかに考えたのだろう。この期に及んで、1)少子化(出生率低下)、2)セックスレス、3)家庭不和等の意外な形でしっぺ返しとなって戻ってきていると、私は推察している。通信制高校の生徒と相対してきて、問題ある生徒を通じて向こう側に映ってくるのは、夫婦間の問題である。生徒の不幸の原因は、元を辿れば各家庭の夫婦関係に行き着くように感じてしまう。詮索する気がなくても、生徒の言動を通じて家庭環境は自然と「読めて」しまうのだ。
家庭問題のボロ隠しのため、日本の職場は無意味に多忙繁忙にして誤魔化している。「仕事が忙しいから・・」と言い訳ができるからだ。どの職場も例外なく、多忙繁忙さを隠れ蓑(カモフラージュ)になるように故意にデザインされていると言っても過言ではない。私は夫婦で「向き合いたくない」日本人が今の日本社会を形成してきているのだと、そう考えている。これは一概に男社会の問題ではなく、『タンスにゴン』のCMで有名になったフレーズ「亭主元気で留守がいい♪」に見るように女性の側にも問題があることに気づく。男女は合わせ札(カウンターパート)だから仕方ないだろう。
❏封印しても反動が吹き出す
その一つは、アニメに隠れた日本独自の地下文化として花を開いたアダルトビデオの世界であろう。一説には、どうやら中国や北朝鮮でも日本製品は高い人気を誇るらしい。無論、現実的な性生活とは別の世界であるが、男・女の週刊誌の区別なしに、毎週のごとくセックスに関する特集記事のタイトルの文字が表紙を彩り、その系列の雑誌がコンビニの棚を埋め尽くす。ただし、二次元の平面世界である。
三次元の立体世界となると、日本国内にもあるのだろうが、海外ではカラオケ店が事実上のナイトクラブであり、ホステスを指名するシステムが普通で、海外勤務の単身赴任者がカモになる。外交官の場合、日本人は「ハニートラップ」に滅法、弱いことで定評だ。それは、海外赴任者らの行動を見れば一目瞭然である。旅の恥は掻き捨て・・という言葉はあるが、この種の歪みが生じていることにも留意されたい。
❏外国では、高校生の男女が集うパーティは必修科目
異性間の交際や結婚生活を念頭に置けば、当然のことだろう。日本は敢えて、それを封印した。大学受験は、その理由づけに当たっても好都合であったはずだ。そのために失った成長の機会も少なくない。それも、人間としての健全な成長のキッカケを・・だ。愚かなシステムだと思う。それが家庭不和を生み出し、ひいては学校からの脱落者を生み出し、通信制高校がその受け皿の一つとなり、源流を辿っていくと問題の所在が見え隠れするのだ。

↑映画『いまを生きる』に見る青春群像
❏無難路線が人間力を萎縮させてしまう
大前研一氏の伴侶は、米国MIT博士課程留学時に見つけた高校生だと伝わる。また、苫米地英人氏の伴侶はオウム事件で洗脳解きを担当した3姉妹の長女であると伝わる。それぞれが思い切った決断を下し、そこに心意気を感じ取ることができる。私自身も、最初の妻を悪性の脳腫瘍(グリオーマ)で亡くし、9ヶ月の乳飲み子を残された状態で亡妻の友人を見つけ出し、再婚者同士で再スタートしたものだ。そこに起死回生への決断と賭けが潜み、目立たないが個人的なドラマがなかったと言ったら嘘になろう。
前任校の高専で一度だけ校長に私が頼み込み、全教員が集まって意見を交換したことがあった。そのような奇譚ない意見を出し合う場など皆無だったからである。私自身は、中学生の頃、理科の実験に嵌り込み、先生方から「博士」とか「教授」とかアダ名を付けられたが、随分と長い時間が掛かって50歳を過ぎてから本当に博士や教授になれるとは夢にも思わなかった・・という話ができた。しかし、お返しに私が聞かされた話は、残念ながら聞くには耐えない内容であった。皆、口々に「若い頃に、男女交際しておけば良かった。」であったのだ。情けないことに(竹内)。
付記:私も男女交際は苦手科目だった。だから私にとって大学受験が男女交際より余程、楽なほどだった。ただ私は、課題から逃げなかった。だから今、生徒を見ても生徒自身を通じてその背景まで見通すことができる。冒険するのを避けてきた人、賭けることを知らない人には、現実的な生身の人間が丸腰で立ち向かう難問と向き合うことなど、大学受験ごとき低レベルな能力では、どだい対処不能なのである。
日本に長く君臨してきた大学入試の体制は日本の社会に幾多の陰を落としてきたが、その一つが健全な成長をすべき時期に男女関係を育む機会を喪失させてきた弊害である。恐らく為政者は、都合良いとでも浅はかに考えたのだろう。この期に及んで、1)少子化(出生率低下)、2)セックスレス、3)家庭不和等の意外な形でしっぺ返しとなって戻ってきていると、私は推察している。通信制高校の生徒と相対してきて、問題ある生徒を通じて向こう側に映ってくるのは、夫婦間の問題である。生徒の不幸の原因は、元を辿れば各家庭の夫婦関係に行き着くように感じてしまう。詮索する気がなくても、生徒の言動を通じて家庭環境は自然と「読めて」しまうのだ。
家庭問題のボロ隠しのため、日本の職場は無意味に多忙繁忙にして誤魔化している。「仕事が忙しいから・・」と言い訳ができるからだ。どの職場も例外なく、多忙繁忙さを隠れ蓑(カモフラージュ)になるように故意にデザインされていると言っても過言ではない。私は夫婦で「向き合いたくない」日本人が今の日本社会を形成してきているのだと、そう考えている。これは一概に男社会の問題ではなく、『タンスにゴン』のCMで有名になったフレーズ「亭主元気で留守がいい♪」に見るように女性の側にも問題があることに気づく。男女は合わせ札(カウンターパート)だから仕方ないだろう。
❏封印しても反動が吹き出す
その一つは、アニメに隠れた日本独自の地下文化として花を開いたアダルトビデオの世界であろう。一説には、どうやら中国や北朝鮮でも日本製品は高い人気を誇るらしい。無論、現実的な性生活とは別の世界であるが、男・女の週刊誌の区別なしに、毎週のごとくセックスに関する特集記事のタイトルの文字が表紙を彩り、その系列の雑誌がコンビニの棚を埋め尽くす。ただし、二次元の平面世界である。
三次元の立体世界となると、日本国内にもあるのだろうが、海外ではカラオケ店が事実上のナイトクラブであり、ホステスを指名するシステムが普通で、海外勤務の単身赴任者がカモになる。外交官の場合、日本人は「ハニートラップ」に滅法、弱いことで定評だ。それは、海外赴任者らの行動を見れば一目瞭然である。旅の恥は掻き捨て・・という言葉はあるが、この種の歪みが生じていることにも留意されたい。
❏外国では、高校生の男女が集うパーティは必修科目
異性間の交際や結婚生活を念頭に置けば、当然のことだろう。日本は敢えて、それを封印した。大学受験は、その理由づけに当たっても好都合であったはずだ。そのために失った成長の機会も少なくない。それも、人間としての健全な成長のキッカケを・・だ。愚かなシステムだと思う。それが家庭不和を生み出し、ひいては学校からの脱落者を生み出し、通信制高校がその受け皿の一つとなり、源流を辿っていくと問題の所在が見え隠れするのだ。

↑映画『いまを生きる』に見る青春群像
❏無難路線が人間力を萎縮させてしまう
大前研一氏の伴侶は、米国MIT博士課程留学時に見つけた高校生だと伝わる。また、苫米地英人氏の伴侶はオウム事件で洗脳解きを担当した3姉妹の長女であると伝わる。それぞれが思い切った決断を下し、そこに心意気を感じ取ることができる。私自身も、最初の妻を悪性の脳腫瘍(グリオーマ)で亡くし、9ヶ月の乳飲み子を残された状態で亡妻の友人を見つけ出し、再婚者同士で再スタートしたものだ。そこに起死回生への決断と賭けが潜み、目立たないが個人的なドラマがなかったと言ったら嘘になろう。
前任校の高専で一度だけ校長に私が頼み込み、全教員が集まって意見を交換したことがあった。そのような奇譚ない意見を出し合う場など皆無だったからである。私自身は、中学生の頃、理科の実験に嵌り込み、先生方から「博士」とか「教授」とかアダ名を付けられたが、随分と長い時間が掛かって50歳を過ぎてから本当に博士や教授になれるとは夢にも思わなかった・・という話ができた。しかし、お返しに私が聞かされた話は、残念ながら聞くには耐えない内容であった。皆、口々に「若い頃に、男女交際しておけば良かった。」であったのだ。情けないことに(竹内)。
付記:私も男女交際は苦手科目だった。だから私にとって大学受験が男女交際より余程、楽なほどだった。ただ私は、課題から逃げなかった。だから今、生徒を見ても生徒自身を通じてその背景まで見通すことができる。冒険するのを避けてきた人、賭けることを知らない人には、現実的な生身の人間が丸腰で立ち向かう難問と向き合うことなど、大学受験ごとき低レベルな能力では、どだい対処不能なのである。