❏生徒の自己分析に基づく証言
スーパーサイエンスコースで半年間余りの短期間で著しい成長を見せている生徒から、現在の状態になった以前と以降と間を自己分析して貰った。その結果、日本社会でどのような現象が起こっていて、それがどのようなカラクリによってもたらされているのか概ね掴めてきた。それは、単にストレスのオン/オフがあっただけで、ストレスオフの状態を「楽になる」すなわち、それを幸福だと錯覚していたという見事な分析だった。


↑パルス信号のオン・オフでコントロール

❏私の知らない世界
例えば、試験週間や受験勉強を終えると、多くの人はストレスからの開放感を味わう。この繰り返しが習慣化してしまうと、このストレスからの開放状態をもって、どうも相対的に「幸福」だと錯覚してしまうようなのだ。大学生が折角、第一志望の大学に合格しても、遊び呆けてしまう例や、サラリーマンが仕事を終えて飲み屋に向かうのも、このストレスからの解放と連動している疑いがある。風俗業界だって、ストレスの受け皿に違いない。

唯一の阻止する手段は、ストレスから解放された時に「真にやりたいコト」を自覚していることであろう。私の場合、「試験が終わると、ようやく自分がやりたい勉強」ができる・・として自分流の勉強(例えば、学校英語と異なる音から入る英語学習など)に喜々として着手したものだ。誘惑の多い現代では、これがゲームなどの娯楽に走る構図が勝っているのだろう。飲み屋にしても風俗やゲーム産業にしても、社会に過剰なストレスを用意してあってこそ成り立つのであろうが、真の生産活動には程遠いとの感がある。

❏自分が成長していく喜びを知ること
この閉塞状態をもって幸福だと主張するのなら、仕方がない。単にストレスという重しを置いたり退けたりしたのオン・オフ動作だけで、そこには本当の成長がない。変化があると錯覚しているだけだから。しかし、冒頭で記した生徒の証言によると一旦、成長することの喜びを知ると、もう元には戻れないと言う。果たして現実社会では、何割の人が成長する喜びを知り、何割の人が成長する喜びを知らないまま生き、そして死んでいくのだろうか?

このブログに相応しい話題ではないかも知れないが、生物学専攻の私は、世界標準であれば「性教育」は生物学の領分であり、日本のような保健体育の担当ではないから私は踏み込もう。女性、特に日本女性のオルガスムス(絶頂感)を一度も体験できないで生涯を終える比率は世界的にも高いらしい。確かに日本の社会では制約があり過ぎ、そうなってしまう現実もあり得るだろう。それなら男が各種の社会ストレスから飲み屋へと逃亡する現象と見事に符合を見せているとも言えそうだ。日本の男は、概して仕事からも家庭からも逃亡していることが多いからである(海外で生活すると良く分かる)。

❏人心コントロールは学校で始まる
私は日本社会の人心コントロールによる隷属化は、学校教育に起因していると見ている。当然、逃亡した人間以外は皆、洗脳されている可能性が高い。私は苫米地英人氏が「世の中の全てが洗脳である。」というような主張を繰り返していた時、「いくら何でも言い過ぎでは・・」と感じたものだ。だが改めて教職に就いて、根本原因を究明していくと、根源は学校教育に潜んでいると気づく。だから通常の授業や試験を回避できる通信制高校の通学コースで制約のない教育を施して見ると、生徒がどう育っていくかをつぶさに観察し、検証していくこともできる。

❏自分の学びを自分で設計する学校教育
中国など共産圏では国家権力が人民をコントロールする政治体制である。一方、日本は愚民化策によって国家が国民をコントロールしていると見ることもできる。無論、前者は戦車で轢かれることもあるが、後者はそれはない。しかし、自由そうな中で世を儚み、自ら列車に飛び込んで轢かれる者が後を絶たないではないか。それをニュースは「人身事故」と伝えて、済ませている。それで日本の社会が巧く機能しているのならともかく世界を震撼させる規模の原発事故を起こし、それを終息させることも困難であろう。

私は一人ひとりの生徒に向き合い、ストレスのオン/オフから得られる快楽とはまるで異なる境地があることを地道に伝道して行きたい。その第一歩として、自分が学ぶことなどは「自分で自分に提案」していくプロポーザル教育を実践していく覚悟である(竹内)。