❏古き言い伝え
昔から耳にしてきた言い伝えを実感している。これは、散髪屋や外科医が置かれた状況に酷似している。要するに、いかに名人とて本人が自分自身にハサミやメスを入れるわけには行かず、誰か他の第3者の手に委ねなければならない・・という宿命を指している。
実は先日、久しぶりに息子から電話が入って、私が大阪校でしていることを告げた。息子はいささか電話の向こうで黙ってしまい、ショックを受けていたように感じられた。言外に伝わる内容から、彼を指導している教員は私ほど熱心ではないらしい。それも、仕方ないことだ。

↑15年前の息子と私の心象風景(英国で)
❏問題点を明言する意義
では、なぜ私は取り組もうとできるのか? それには簡単な仕組みを利用している。私は現状での問題点を洗い出し、明確化している。そうすることで、何にどう取り組まなければならないのかハッキリしてくる。多くの人は、ここを曖昧にして蓋してしまうから問題点が隠れてしまう。
問題点を明らかにすることは、それを改める意思表示であるので、解決へ至る道へ歩み出すという決意表明なのである。多くの人は問題点を曖昧に処理してしまうため解決はおろか、改善にも至らぬまま時間だけがいたずらに経過してしまうのだ。
私はよく「問題点ばかりあげつらう人間」と見られる場合があるが、とんでもない誤解である。私はそんなチンケな人間ではないし、そんななまやさしい生き方をしてきた覚えはない。
❏私の生き方を決定した出来事
私は前の妻の病状が極めて悪性の脳腫瘍であり、腫瘍内に発達した血管系が破れて倒れた状態に置かれたことがある。主治医から「あと5日間しか今の生活の保証はできない。」とまで告げられた。ほんの数秒だけ「後は優しくしてやるしかない・・」と脳裏を過ぎったが、直ぐ撤回し、この世にあるありとあらゆる本や情報を集め徹底して答えを探しまわった人間である。答えを求めて沢山の本を買い込む習癖は、この当時の名残りだろうと思う。それこそ、まじないの類から密教、神道、食事療法も気功も、脳波も超能力も、それこそ何でも手を出した。私が不可思議な現象を否定しない傾向も、ここに起因している。不思議でない正解など私には価値もないのだ。
掛けた経費は約1千万を下らない。肝心の本人が本気になれなかったため、子宝は授かったが、徒労に終わった。掛けた経費は、死亡保険で返ってきた。私が窮しても、なおも諦めない性格に転じた経緯は、このような過酷な体験があってのことである。
❏問題視して解決策を標的にする
だから私が問題を指摘した場合、同時に解決した姿をイメージしている・・と思って構わない。無論、未来の出来事が決まっている訳でないが、過去とは違って「決まっていない」のである。
まだ結論が決まっていない限り、私は諦めない。そして問題を明確化させるのは、解決することを念頭に置くためである。私のどこを切っても、この考えしか出て来ない。だから、私が問題を指摘することは、解決することと同義だと見て戴いて構わない。ただし、勇気ある撤退(撤回)もあり得る。そうした方が好ましいと判断された場合である。仮にそのような決断を余儀なくされた場合でも、徹底抗戦した限りにおいて後悔は起こり得ないから、不思議だと思う(竹内)。
昔から耳にしてきた言い伝えを実感している。これは、散髪屋や外科医が置かれた状況に酷似している。要するに、いかに名人とて本人が自分自身にハサミやメスを入れるわけには行かず、誰か他の第3者の手に委ねなければならない・・という宿命を指している。
実は先日、久しぶりに息子から電話が入って、私が大阪校でしていることを告げた。息子はいささか電話の向こうで黙ってしまい、ショックを受けていたように感じられた。言外に伝わる内容から、彼を指導している教員は私ほど熱心ではないらしい。それも、仕方ないことだ。

↑15年前の息子と私の心象風景(英国で)
❏問題点を明言する意義
では、なぜ私は取り組もうとできるのか? それには簡単な仕組みを利用している。私は現状での問題点を洗い出し、明確化している。そうすることで、何にどう取り組まなければならないのかハッキリしてくる。多くの人は、ここを曖昧にして蓋してしまうから問題点が隠れてしまう。
問題点を明らかにすることは、それを改める意思表示であるので、解決へ至る道へ歩み出すという決意表明なのである。多くの人は問題点を曖昧に処理してしまうため解決はおろか、改善にも至らぬまま時間だけがいたずらに経過してしまうのだ。
私はよく「問題点ばかりあげつらう人間」と見られる場合があるが、とんでもない誤解である。私はそんなチンケな人間ではないし、そんななまやさしい生き方をしてきた覚えはない。
❏私の生き方を決定した出来事
私は前の妻の病状が極めて悪性の脳腫瘍であり、腫瘍内に発達した血管系が破れて倒れた状態に置かれたことがある。主治医から「あと5日間しか今の生活の保証はできない。」とまで告げられた。ほんの数秒だけ「後は優しくしてやるしかない・・」と脳裏を過ぎったが、直ぐ撤回し、この世にあるありとあらゆる本や情報を集め徹底して答えを探しまわった人間である。答えを求めて沢山の本を買い込む習癖は、この当時の名残りだろうと思う。それこそ、まじないの類から密教、神道、食事療法も気功も、脳波も超能力も、それこそ何でも手を出した。私が不可思議な現象を否定しない傾向も、ここに起因している。不思議でない正解など私には価値もないのだ。
掛けた経費は約1千万を下らない。肝心の本人が本気になれなかったため、子宝は授かったが、徒労に終わった。掛けた経費は、死亡保険で返ってきた。私が窮しても、なおも諦めない性格に転じた経緯は、このような過酷な体験があってのことである。
❏問題視して解決策を標的にする
だから私が問題を指摘した場合、同時に解決した姿をイメージしている・・と思って構わない。無論、未来の出来事が決まっている訳でないが、過去とは違って「決まっていない」のである。
まだ結論が決まっていない限り、私は諦めない。そして問題を明確化させるのは、解決することを念頭に置くためである。私のどこを切っても、この考えしか出て来ない。だから、私が問題を指摘することは、解決することと同義だと見て戴いて構わない。ただし、勇気ある撤退(撤回)もあり得る。そうした方が好ましいと判断された場合である。仮にそのような決断を余儀なくされた場合でも、徹底抗戦した限りにおいて後悔は起こり得ないから、不思議だと思う(竹内)。