古き良き時代の米国の風習を油彩で描いた写実派のコマーシャル・アーティスト(イラストレータ)故ノーマン・ロックウェルの言葉に、「自分のイラストレーションの世界を生きるべきだ!」という言葉ある。私は18歳の頃、出会って、ずっと心の片隅に引っかかってきた。そして自身がマンガやアニメの世界と決別し、無念に思ってきた立場に長く身を置いてきて、ようやく答えが得られた。
私自身、仕事で嫌なことに遭遇すると毎度、こう自分に言い聞かせてきたものだ。「自分がこれから描くマンガやアニメの中で描いてやる!」私はそう思った時、アートでこそないが、文学作品で夏目漱石が『坊っちゃん』を書いた時、「きっと、そう感じたのだろうな」と彼の気持ちを察することができたのだ(無論、それが事実であるか否かの証明はできない)。
私がマンガやアニメの世界を作り出し、自分が介入してきたような科学者や教育者たちを登場させて選択肢は残されていた。しかし、そんな回りくどいことをせず、私は自分自身がイメージした通りの「仮想の世界」を「現実の世界」で創り上げる努力をした方が価値もあり、ずっと面白く生きられることに気づいてしまったのだ。

↑サタディーイブニング・ポスト誌の表紙から
私は戦後、日本が復興し、経済成長し、技術立国となったことの背景には、手塚治虫の『鉄腕アトム』や横山光輝の『鉄人28号』のような近未来社会を描いたマンガやアニメの持つイメージング力が働いたことは間違いないと思っている。ある意味、マンガやアニメは今はまだ存在しないが、抽象と具象を橋渡しする日本に独自の文化で、日本の国民の大多数が共有する集団イメージングする手法だったとも言える。それが効力を発揮しない筈がないのだ。
だから私はマンガやアニメをまるで浪費するような手軽な楽しみ方では、実にモッタイナイ行為だと憂う。実際、私自身、JICAでタイへ渡る際、その後、英国へ渡る際、自分勝手に既存のドラマの主題歌やアニメのテーマソングを聞き、イメージを膨らませていた。そして、その夢は現実化して行ったのだ。
前者はNHK-TV大河ドラマ『琉球の風』から谷村新司の『階-きざはし-』:
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♪時が来れば 野を駆けても
行かなけりゃ 行かなけりゃ
悔やむ気がする(後略)♪
後者は、宮崎アニメ『天空の城ラピュタ』から井上あずみの『君をのせて』:
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♪父さんが残した 熱い想い
母さんがくれた あのまなざし
(後略)♪
使えるモノなら何でも使う。これが、私が生徒に教えたい生き方である。何か問題あるだろうか(竹内)。
私自身、仕事で嫌なことに遭遇すると毎度、こう自分に言い聞かせてきたものだ。「自分がこれから描くマンガやアニメの中で描いてやる!」私はそう思った時、アートでこそないが、文学作品で夏目漱石が『坊っちゃん』を書いた時、「きっと、そう感じたのだろうな」と彼の気持ちを察することができたのだ(無論、それが事実であるか否かの証明はできない)。
私がマンガやアニメの世界を作り出し、自分が介入してきたような科学者や教育者たちを登場させて選択肢は残されていた。しかし、そんな回りくどいことをせず、私は自分自身がイメージした通りの「仮想の世界」を「現実の世界」で創り上げる努力をした方が価値もあり、ずっと面白く生きられることに気づいてしまったのだ。

↑サタディーイブニング・ポスト誌の表紙から
私は戦後、日本が復興し、経済成長し、技術立国となったことの背景には、手塚治虫の『鉄腕アトム』や横山光輝の『鉄人28号』のような近未来社会を描いたマンガやアニメの持つイメージング力が働いたことは間違いないと思っている。ある意味、マンガやアニメは今はまだ存在しないが、抽象と具象を橋渡しする日本に独自の文化で、日本の国民の大多数が共有する集団イメージングする手法だったとも言える。それが効力を発揮しない筈がないのだ。
だから私はマンガやアニメをまるで浪費するような手軽な楽しみ方では、実にモッタイナイ行為だと憂う。実際、私自身、JICAでタイへ渡る際、その後、英国へ渡る際、自分勝手に既存のドラマの主題歌やアニメのテーマソングを聞き、イメージを膨らませていた。そして、その夢は現実化して行ったのだ。
前者はNHK-TV大河ドラマ『琉球の風』から谷村新司の『階-きざはし-』:
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♪時が来れば 野を駆けても
行かなけりゃ 行かなけりゃ
悔やむ気がする(後略)♪
後者は、宮崎アニメ『天空の城ラピュタ』から井上あずみの『君をのせて』:
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♪父さんが残した 熱い想い
母さんがくれた あのまなざし
(後略)♪
使えるモノなら何でも使う。これが、私が生徒に教えたい生き方である。何か問題あるだろうか(竹内)。