スーパーサイエンスコースで生徒らがブーストした結果、思い掛けない「連鎖反応」が観察される。それは火がついた「野火」にたとえることもできるだろう。隣に燃え移って延焼していく感じなのである。無論、その一つ一つがまとまった大きな成果に結びつく保証などない。しかし、これで彼らの頭脳が「活性化」したことは疑う余地がない。日々、何がしかの小さな発見が続いている。観察力の「感度」強化に、思考力には「粘り」が出てきた兆候が垣間見える。
ホンの一例だけでも紹介しておこう。プラナリアを流水条件下で飼育するための装置のプロトタイプである。無論、現段階では実用化に程遠い。しかし、私は「ピタゴラスイッチ」の動画収録後に見せた当該生徒の行動姿勢の大きな変化として、単なる成否以上の価値を見い出したと思っている。

↑プラナリア(埋め込み)と飼育装置の試作
決まりきったルーチンワーク的な授業を行えば、恐らくたちまち感性は鈍化していくだろう。しかし、意欲に一旦、火がつくと私が怖くなるほど勝手に動き出すのだ。ある意味、これは生きている人間の素晴らしい側面だな・・と実感する。しかし、どれほどの学校関係者がこのような変化を目の当たりにしたことがあるのだろうか? 通常授業を通じて、同じ変化起こるとは私には思えない。
彼らは過去、どれくらい我慢して聴くだけの授業に晒されてきたのだろう? そして、その毒気が抜けるのに、どれだけの時間を要するのか、私はそれを見届けたい。無論、永遠に授業が聞けないワケではないとは思う。聞いて学ぶことはできる。しかし、大半の生徒はウンザリしているワケなのだ。
その閉塞状態への突破口が、ピタゴラスイッチの組み立てだったり、短編小説を書くことだったり、効果は個人差はもとより、適性の違いがあるだろう。ただ、泥沼から這い出るためには急ハンドルを切るような思い切った取り組みをしなければならないのは、どうも確かなことらしい。徐々に生徒のみならず教職員の間でも理解者や賛同者が増えていくことを期待したい(竹内)。
ホンの一例だけでも紹介しておこう。プラナリアを流水条件下で飼育するための装置のプロトタイプである。無論、現段階では実用化に程遠い。しかし、私は「ピタゴラスイッチ」の動画収録後に見せた当該生徒の行動姿勢の大きな変化として、単なる成否以上の価値を見い出したと思っている。

↑プラナリア(埋め込み)と飼育装置の試作
決まりきったルーチンワーク的な授業を行えば、恐らくたちまち感性は鈍化していくだろう。しかし、意欲に一旦、火がつくと私が怖くなるほど勝手に動き出すのだ。ある意味、これは生きている人間の素晴らしい側面だな・・と実感する。しかし、どれほどの学校関係者がこのような変化を目の当たりにしたことがあるのだろうか? 通常授業を通じて、同じ変化起こるとは私には思えない。
彼らは過去、どれくらい我慢して聴くだけの授業に晒されてきたのだろう? そして、その毒気が抜けるのに、どれだけの時間を要するのか、私はそれを見届けたい。無論、永遠に授業が聞けないワケではないとは思う。聞いて学ぶことはできる。しかし、大半の生徒はウンザリしているワケなのだ。
その閉塞状態への突破口が、ピタゴラスイッチの組み立てだったり、短編小説を書くことだったり、効果は個人差はもとより、適性の違いがあるだろう。ただ、泥沼から這い出るためには急ハンドルを切るような思い切った取り組みをしなければならないのは、どうも確かなことらしい。徐々に生徒のみならず教職員の間でも理解者や賛同者が増えていくことを期待したい(竹内)。