私の前任校は高専(高等専門学校)なので、文字通り「高大」接続とは無関係であった。高専は民間のいわゆる(職業訓練的な)”専門学校”と似た名称なので誤解を招きやすいが、実は大学と並ぶ「高等教育(higher education」を担う大半が国立(51校)の教育機関である。従って、大学と同じく教員は教授とか准教授と呼ばれ、専門教育をするには博士号が原則、必須である。教員公募もJREC-INサイト(科学技術振興機構が運営)で大学教員と一律に扱われる。

高等学校も名前に反し、後期中等教育を担う「中等教育(secondary education」機関である。世界的には"K-12(Kindergarten through twelve)という幼稚園から高等学校卒業までの13年間の学校教育を受けることを「高等教育」を受ける条件とするのが、世界の趨勢である。

この両者、つまり「K-12」と「大学・大学院」との間には、目には見えないが「大きな断層」がある。それが、各々の教育機関で教壇に立つ資格として「博士号」を求めるか否か・・に行き着く。逆に、日本で初等・中等教育機関で教壇に立つためには、自動車の運転免許のごとく「教員免許」(教育職員免許状)が法律上、必須となる。

しかし、私はここで子供心に疑問を感じていたことがあった。どうして教員免許のある高校教師が教えた生徒を、教員免許を持たない大学教授が大学入試で合否判定できるのだろう・・という積年の疑問である。これは「法律違反ではないだろうか?」とすら私は疑ってきたのだ。他の生徒が黙々と受験勉強している頃に、きっと生意気な生徒に見えたことだろう。

私が勤務していた国立高専にもネジレ現象がある。中学を卒業してイキナリ、高専の機械工学だの電気工学だの、専門学科に15歳で入学する。中学のクラスメイトが高校で「生徒」と呼ばれる時に高専では「学生」と呼ばれる。そして15歳の子供を対する教師は「教授」なのだ。均質であることが好まれる国情で「高専」が実現し、存続できたのを日本の「七不思議」の一つに数えよう。

実際、何年か前、OECD教育視察団の一行が日本の高等教育を視察に来て、大学を回った後、オマケ程度に高専を訪れた。それまで一行は日本の大学教育が「レベルが低すぎて参考にならない」と報告書に記載するほど落胆した一方、高専は「世界に類を見ない教育機関」だとして絶賛したと伝わる。実際に勤務した経験のある私からしたらやや「事実誤認」があると言いたいところであるが、一行には斬新に映った気持ちが解らないでもない。確かに高専の存在は「奇跡」でもあるし、同時に「化石」でもあるのだ(特長を活かすようにして欲しかったのが、私の真意だ)。

高専は言わば、日本列島の大断層の上に跨った学校種であった。そして私はその上に居た。実は、ここ大阪校に来ても、私が主幹しているスーパーサイエンスコースは教育界の「活断層」であることに変わりない。私は高専で1年生(15歳)から専攻科2年生(22歳)という幅広い年代を相手に教鞭をとってきた。現在、教育特区内で発効する特例特別免許状の下、スーパーサイエンスコースで大学・高専で用いる教授法を持って、答えのない問いに挑む「探究学習」を担当している。

私は、この断層こそ「高大接続」の決め手であると考えてきた。かつて私はその中心にいた一人で、声高に叫んでも誰もその重要さに気づいて貰えなかった。そして今、私は大阪に新しく作られた活断層の上へと好んで移動した。もしかしたら日本で厳密に言えば、私一人だけかも知れないのだ(竹内)。



画像:お気に入りだった呉高専(広島県呉市阿賀)の正面玄関の植栽