ハロルド・E・パーマー博士である。1877年生まれで1949年没であるから、私が会えるはずもない。でも、私は16歳の頃、神保町で彼が残した本を確かに手にした。そこには忘れ得ない一文が書かれていた。

「日本で英語ができるようになった者は例外なく学校で生まれたのではなく、自分の努力でそうなった。」正確ではないが、こんな内容であったと記憶する。これが真実なら(私は真実味を感じた)、学校で教わる通りに英語を学んでも将来、英語が「使える」ようにはならない・・結末を示唆していた。私は直ぐ、自分で学校英語の「代替策」を編み出すことにした。

それが徹底的に音声を聴く訓練であった。学校の教科書などレコードやソノシート、カセットテープを入手して、テープか機械が壊れるまで繰り返し聴き続けた。当時はアイワがメカニカルな反復再生機能のあるカセットレコーダを開発し、リンガフォン社へ卸していた。再生ボタンが弾けて壊れるほど使い込んだ。堅牢な機械だが、スペア機も壊れ2台同時に修理に出したことがあり、三省堂の売り場の女性が修理が終わるまでデモ機を貸してくれたこともあった。

学校の成績や入試に直結しなかったものの、長い目で見たら私の努力も報われたように思える。
具体的には、以下のような効用を感じたのだ:
1)英文を前から後に理解すること、
2)英文を音の塊り(チャンク)単位で理解すること、
3)音が頼りだったので、知っている知識や経験は全て動員し、英文理解に努めたこと。

私は語学の才には欠けていたので、力づくで攻める他なかったし、いつか実を結ぶことを信じ、この訓練方法に愚直に賭けてみたのである。私は英語を扱うプロではないが、必要な英語力は備わり、都庁から海外派遣研修、JICA専門家派遣、英国大学院留学、英国HSMP移民が実現した。前任の国立高専では国際交流室長として業務を軌道に載せる大役も果たせたと思う。

振り返ってみると、私はパーマー博士が残した書物に助けられた気がするし、後継者のアーノルド・S・ホンビーらが編纂した英語辞書(日本生まれで、今なお世界標準)のお世話になった。後年、私が英国へ導かれることになったのも、何かのご縁であろう(竹内)。



※出典:伊村元道著(1997)『パーマーと日本の英語教育』(大修館書店)の中扉からの引用。
 伊村先生のご著書のお陰でパーマー博士の足跡を辿ることができました。感謝いたします。