酒処に烏龍茶があるのは下戸のためだと頑なに信じていた。下戸の僕はお品書きのウーロン茶 四百円を見ながら勝手な解釈をしていた。
しかし現実はそんなに甘くはなかった。居酒屋での烏龍茶は有名無実。あの時、生中を飲み干していればなぁ。

ある日課長立案で従業員の慰労会が会社近くの居酒屋で催された。
課長から命を受けた幹事の奴ときたら始まるや否や「全員最初は生でええかなぁ」と言い出し、「オッケェでぇぇす」と同列女三人組が周知確認もなくアホ声を揃えてそう応えるのである。そして注文を受けたチャキチャキの法被を着た若い店娘は「かしこまりぃっ。生、壱拾五入りやした」と内輪でひっそり業務連絡をすれば事足りるものをわざわざ大声でオーダーを叫び、他の店内を徘徊しているチャキチャキ法被等も「あざっす。生、壱拾五頂きやした」とこれまた一斉に呼応。するとすぐさまお通しのワカメとジャコと揚げが混沌とした小鉢が運ばれ我々自身でバケツリレーのように上座へ向かって忙しく送っていると、三名の法被が「お待たせいたしやしたぁぁっ。生、壱拾五でぇす」とやってくる。「パチパチパチ」と言いながら手を打つ同列三バカ女。またもや上座へ生中をせっせと送りだす。そして僕の眼前には飲みたくもない生。と食いたくもない混沌鉢。
幹事は狐のような目を垂らしながらも口角はあげつつ「じゃあ、いいっすか、課長」と上座を一瞥し、「パチパチパチ」例の三バカ女が煽る。
上座の課長が左手で煙草をもみ消しながら右の掌をすっと前方に差し出す。ちょっとタイムアウト。消火待ち。他十四名は静かに課長に視線を向けたまま、やがて課長は生中を手にとり「いつもご苦労さん‐中略‐きょうは、無礼講。楽しく飲ろう。乾杯」課長の号令を受け、他十四名が一斉に「乾杯」と言い同僚たちとグラスをかち合わす。
…「ちょっと待ったぁ。自分酒飲めません」
一連のめまぐるしい流れでなかなか言い出せなかった告白を僕はついにした。
場の雰囲気がみるみる急落していく。構わず「烏龍茶が飲みたいです」
誰も反応しない。でも、僕は悪いと思わない。酒が飲めない奴のニーズにこたえたソフトドリンクが居酒屋にはあるじゃないか。たのんで何が悪い。課長が自身の手帳に何かをメモっている。僕は居酒屋で査定されているっぽい。
「烏龍茶お持ちしましょうか」若い法被娘が気まずそうに聞く。無論、誰もがサワラヌカミニタタリナシ的にシカトをかましている。ここで僕を庇うと自分も良からぬ査定をされてしまうとでも思っているのだろう。
その晩秋異例の人事異動で僕は蝦夷の僻地に飛んでいった。あたたかい烏龍茶が身体を巡るがすぐに身体が冷たくなる。渡り鳥が寒さから逃げるように南へ飛ぶ。僕の故郷の方角に向かって鳥が行く。同列の三バカ女が妙に恋しい。
すこし、酒のプラクティスしようかな。
僕は、まったく家事をしない亭主なのだけれども、武士の情けとして食事後の皿洗いはやるのである。洗剤をスポンジに染みさせてゴシゴシなんてね。
いつものように皿を一所懸命洗っていたのだけど、ふとあることに気づいたのである。
それは、何かと申しますに「自らの葬儀に俺は御出席できない」という事実に気がついたのである。皿洗い中は単調な作業で何かと普段は想像さえしないことにまで考えが及んだりするのだ。だから、こうして死に際なんてこともこんな時こそ想像し得るのである。
自分の去り際とは、結構重要で、できれば嫌いな奴に来てもらいたくないし、遺影なんかでも自らの人生の中で最高に眩しい一枚を飾ってほしい。これを私が立ち会いできるならば遺影の選択にも口を挟めるし、仮に家族の者が適当な遺影をチョイスしたならば「違う、違う。あれがあったろう。北海道に行ったときにクラーク氏の銅像と並列して撮ったやつ」などと意見も言えるのだが。
もう、皿洗いどころじゃない。あした、若者のワンボックスカーに跳ね上げられて死ぬかもしれない。生前に自らの意志、主張を妻に遺しておかなければならない。蛇口をキュキュキュと閉じて、新婚の時に買った洗いかけの白い大きなディッシュを置いた。
「妻よ、少し喋ろう。いや、マジに。あんね、仮にオイラが明日死んじゃったとすっじゃない。えっ?今、笑いました?悠々自適にやりますわぁって、そら何よ。ちょい、ちょい、天井なんか見上げちゃって何を思い描いてるのさぁ。なになにぃ、保険金の手続きに行ってるところってリアルだなぁ。まぁ、そういうこともするだろうけど。それより、僕がインターハイに行った時のアルバムがあるだろう?知らない?いや、僕軟式テニスでいいとこまで行ったんだよ。おっかしぃなぁ。何度も話してるんだが。興味がない?それは仕方がない。ならもう一度言うけど僕は優秀なテニスプレイヤーでフォアの神とまで言われたんだよ。メールするのやめなよ。で、インターハイの写真から遺影を作ってもらいたいんだけれど。あぁ、聞いていないな。レゲェをガンガン聞いてやがる。スピーカーが割れそうなほどの爆音じゃん」
妻がレゲェを聞きつつ爪を磨いているのを後目に僕は皿洗いに戻った。おそらく、明日僕が死んだら今年の正月に行われた自治会の餅つき大会で私が振り下ろされる杵に注意しながら餅をコネている写真かなんかで間に合わせた遺影になるんだろう。
絶対私は死なない。