台所の隅に転がっていた。
それはつまり、カップ焼きそばである。

私は空腹で、どうしようもなく空腹で、けれどそれを空腹と呼ぶことが、どうしようもなく恥ずかしかった。


この世の中に「腹が減った」と素直に言える人間が、どれほど幸福か、あなたにはおわかりになりますか。

私はふらふらと濃厚味噌と9ミリと──ある夜の麺、湯を沸かした。


やかんの底にわずかに残っていた水。私は、それを、無駄にしたくなかった。
なぜなら、私の生涯は、だいたい「無駄だった」ことばかりだからである。


お湯が沸くまでのあいだ、私は床にしゃがみ込み、煙草を吸った。
煙草は不味かった。けれど、私はその不味さを、自分の人生と錯覚することで、ある種の慰めとしていた。



つまり、焼きそばを作るその三分間すら、私は生きているふりをしなければならなかったのだ。

湯が沸いた。
私は容器の蓋を三分の二だけ剥がし、内側に貼りついたソースの袋をはがし取った。


ソースの温もりに、ほんの少しだけ人の気配を感じた。
人が作ったのだ、こんなものでも。人が考え、測り、調合し、完成させた。


だが私は、ただ湯を注ぐだけの存在である。
受動、沈黙、模倣――それが私だ。

三分経った。
私は、蓋を慎重に外し、排水口にお湯を捨てた。

このときが一番、緊張する。
何度も私は麺を流してきた。まるで人生を排水口に流すように、何度もだ。

だが今日は、うまくいった。
悲しいことに、それだけで少し嬉しかった。

ソースをかけた。そして、箸で混ぜた。
そのとき、ふいに、私は涙が出そうになった。


ソースの香りが、幼いころの遠足の弁当を思い出させたのだ。

それは母が作ってくれた焼きそばで、アルミホイルに包まれて、冷えていたが、あたたかかった。

私はそれを食べた。ひとくち、またひとくち。

味は、正直に言えば、あまりおいしくなかった。
けれど私は、完食した。

なぜなら、残す理由が見つからなかったからである。

ごちそうさま。
それだけ言って、私はまた床に戻った。


空になった容器を見つめながら、思った。
私はやはり、生きていても、仕方がないのではないか――と。


だが、次の空腹がくるまでは、とりあえず、死ぬわけにはいかない。




カップ焼きそばを太宰治風にて――
虚無と哀愁、自己嫌悪と一縷の滑稽さを孕んだ、救いようのない、それでもなお人間らしい“麺の手記”。