ボクの周りの大人達は
なにかを進んでやろうとしない。
歳を重ねれば重ねるほどに、
ほとんどの大人達が
「回避(やらない)」を選択する。
この前も突然ではあったが、
保護者を代表して来週に試合がある子ども達へ向けた簡単なスピーチをやることになった。
誰かが「やらなきゃいけない役割」だ。
もちろん誰もやろうとしない。
なにも「まったく聞いたこともない話をしろ」と言われているのではない。
いつも触れ合っている子ども達に、
次の試合に向けた「エールを送ってほしい」というのだ。
そのコメントについて、
失敗したら給料に影響が出るわけでも、
命を取られるわけでも、
「何言ってんだアイツは!?」と思われるわけでもない。
そもそも誰も真剣に聞いていないスピーチだ。
無難なことをそれっぽく話せばいい。
モジモジしているので、
私が代表して話しをすることになった。
結果として、
「これまで練習してくれた監督、コーチ、支えてくれた親達に感謝すること」
「試合までに体調を整えること」
「練習してきたことを思い出して相手に向かってけ」
をまとめて話した。
誰でも思いつく、誰でも話せる、誰が聞いても無難な内容だ。
時間にしても1〜2分程度だ。
まったく、なにを恐れることがあるのだろうか!?
確かに用意してきた話でもなかったので、
スピーチ後に「もっとこう言えば良かったな」が頭を駆け巡った。
この経験が確実に次回もっといいスピーチができることに繋がるのだ。
絶対に次の機会があったらもっといい話ができることは間違いない。
そのための準備は今回の経験で、
もうすでにできている。
次はいつでもいける。
次にもっとうまくいったとしても、
そのまた次の方がもっと上手くいくのだ。
これは間違いない事実。
1回目より2回目。
2回目より3回目の方が上手くなって当たり前。
仕事においてと同じこと。
営業先に向けたスピーチを行なったとして、
後から「もっとこう言った方が良かったな」とか
「もっとこう伝えた方が良かったな」と思える経験を積むことで初めて洗練されていくのだ。
経験しないと絶対に次はこうしようと思えないし、改善点は見えてこない。
経験しないと、次に何をやるべきかのそもそも思いつくことすらない。
結局、うまくなるにはやるしかないのだ。
ずっと回避していては
成長することを避けているだけだ。
絶対にやるしかない。