人は

「自分が持っている知識を披露したい」という欲求があると思う。



なぜなら、

私自身も初めて知ったことや、

自分にとって有益な情報は、

いつだって誰かに話したいし、自慢したい!からだ。

そもそも説明すること自体が好きってのもあるが。



調べてみると、

人は「他の人より優れていると周りに認めてもらいたいと思っている」のだそうだ。

これを「自己顕示欲」と言うらしい。



さらに人は、

「支配する側に立ちたいという思い」も持っているらしい。

上司が部下に、

偉そうに説明している姿をよく見る。

あれは「私はあなたより上ですよ」「そのことを周りの人も知っててね」と全体に向けてアピールしたいらしい。

実に人間っぽい。



人は生まれながらにして、

そういう構造をしているのだから仕方がないのかもしれない。


しかし、

これがいたって厄介なこととなる。

顕著に現れるのが上司になったときだけではなく、親になったときもだからだ。

この人間的な機能が全開になってしまう。




結果、

一番の迷惑を被るのは「子ども達」なのである!




今まで生きてきて学んだ自分オンリーの教育論や道徳論、根性論、恋愛論を振りかざして教育を始めるから困ったものだ。


「いや、それ正しいの!?」である。





偉そうに言っているが、

かく言う私もそのひとり。

その辺の親と同じことをやっている。



「勉強しない」

「習い事をサボる」

「言うことを聞かない」

「店で騒ぎまくる」

こんなときは叱らなければならない。


「勉強しないと将来困るぞ」

「イヤなことがあるとすぐ辞めてしまう人になるぞ」

「話を聞かないと怒るぞ」

「他の人の迷惑を考えろ」

こんな、一見正しいそうなことを口では言ってる。


だが、

正しくはない。


なぜなら、

正解はないからだ。

「これが正しい」と思っているだけだ。



親だって、

所詮は人生という名の旅の途中いる未完成者。

そんな親が正解のないこの世の中について、

これまで得てきた古い価値観を武器に生きる術を教えなくてはならない。

未完成な知識を、

親になってしまったから、仕方なしにぶつけていることになるのだ。



そんなもの、

これから新たな時代を生きていく子ども達には必要ないことが多い。

凝り固まった独自の考えを家庭教育としてやっているのだ。



それが真理とは違ったとしても、

とにかく「教えたい」のだ。

欲望のままに。



気をつけて。


あなた(親)の人生は、

あなたがやってきたことであって、

これからを生きる子どもたちには、

窮屈な知識なだけかもしれない。


ムダな先入観を植え付けるだけかもしれない。


本来のミライは

子どもが自分の手で創りあげるもの。


親の意見や考えは、さほど必要ない。


ただのアドバイス程度にしかならないからだ。


「こうしろ!」「ああしろ!」の命令は、

子どもの成長を妨げることになる。


本来の教育とは

親子ともに成長するもの。


「これでなければならない!」はない。

「自由」でなければならない。