子どもの頃から否定され続けて生きてきた。
親や
教師や
同世代のみんなに。

図工のときは、
「なにそれ?」
体育のときは、
「なにやってんの?」
勉強のときは、
「何度言えば分かるの?」
塾のときは、
「なにしにここにきてんの?」
サッカー部のときは、
「ヘタクソがサッカーすんな!」

もちろん、自分が悪いのだ。
周りに迷惑がかかるくらい何にもできないのだから。
反論するつもりはなかった。

ただ、
言われたくない気持ちもあったが、
それ以上に「どうすればいいのか」が分からなかった。

上手くなるための方法なんて誰も教えてくれないのが現実だった。

結果、
こうも自分のやっていることを否定され続けると、
凹むというよりは
感覚がマヒしてくる。

最終的には自分がどうでもよくなる。
成功しようが
失敗しようがどうでもいい。


この言葉が一番しっくりくる。
自分に興味がない


そんな感覚のまま大人になって
今では親になった。

その経験を良い方向に活かすべき時期がきたのだ。
「こんな子どもにしてはならない!」と身をもって知っているのだから。

だが、
気付いたら
やられたことをそのままやっている。

子どもに対して、
文句ばかり言っている。

「早くしろ」
「何度言えば分かるんだ」
「ヘタクソが」
「しっかりしろ」

なんだこれ。
まったく一緒じゃないか。
そんなことを言われてもどうしてイイのか分からない子どもは、私を避けていく。

私は人生で何を学んできたのだろう。
否定をしない方がいいと知っているのではないか。

立ち止まらなければならなかった。
もう一度、冷静になって考えなければならなかった。


相手を否定をするということは、
子どもがやっていることに対して、
「文句を言う」ということだ。

文句は何も生まない。
批判は「評価する」こと。

文句があるなら批判した方がマシだ。
「もっとこうした方がイイよ」と改善点まで言うべきだろう。

それこまでできて初めて意見を述べて良いと思う。
アドバイスありきの言葉でなければ
相手を傷つけるだけだ。

文句だけ言われた方は気分が悪い。
アドバイスが加われば、言葉が和らぐ。
なぜなら相手がなぜそんなことを言ってくるのか考え(背景)が把握できる。

ただの文句をやめよう。
意味がないのだから。