落ちているゴミを見ても
拾うことができないのは
普段の生活から拾っていないから

ほとんどの人が、
落ちているゴミをみてもスルーする。

近所に落ちているゴミを見ても同じこと。
家の前に落ちていたとしても拾わない。

そもそもゴミが落ちていても、
なんとも思わない。



電車でもバスでも、
目の前に高齢者が立っていたとしても同じこと。
お年寄りに席を譲ることができない。
少しは席を譲りたいという気持ちがある人もいるのかもしれない。
でもどうしていいのか分からない。
ただ、ほとんどの人は、そもそも「譲ろう」「席を立とう」という選択肢が脳内にない。


当たり前だ。


普段やっていないのだから
気に留めることさえできないのだろう


道端に落ちているペットボトルを近くのゴミ箱に捨てるだけで地域環境の改善に繋がる。
皆が行動できれば地球環境の改善に繋がる。
それを知るだけで潜在意識が変わる。
実際にペットボトルが落ちている現場に遭遇したとき一緒考えるようになる。
それだけでも成長したことになる。
2回目にはゴミが落ちている目の前にゴミ箱がある場合、拾えるようになる。
そのうち多少離れたゴミ箱にも捨てれるようになる。


まずは知ることさえできなければやれるはずがない
そこから「自分で考える機会」をつくるしかない
自ら「やった方がいいな」と思えたのなら
どうやるかを実践するしかない

結局は
ゴミを拾うという行為も
お年寄りに席を譲るという行為も
「知識と技術」だ。

道徳的なものでも
心の在り方でもない