中略・・・

手を動かすんです。それこそ足を動かして旅に出るように。手は指まで細かく動くようになっていますので、指だけで旅することもできます。そうやって、編み物をやったり、絵を描いたり、料理をしたり、陶芸をしたり、織物をしたりしてきました。
 そうすると、頭、脳みそを使って思考しているのとは、別の思考が出てきたんです。それは言葉にはなっていません。でも確かに実在しているように感じます。私がこのワークショップで一番最初に伝えたこととも繫がります。外側への観察ではなく、内側にある自分ではないもの、内側の風景と呼べるようなものの観察が、停滞している時に可能になるのだと私は感じるようになりました。

 哲学者のヘーゲルは「自由とは意識がみずからの裡につくりだす現実のことだ」と言ってます。
 停滞の間、手を動かすことで私が垣間見たものが自由だと思うと、とても嬉しくなりました。
 みなさんもこれは停滞できるチャンスだと思って、積極的に逃げて、こもって、手を動かして、ぜひあなたの自由を見つけ出してみてください。そう思うと、面白くなりませんか? 窮屈さを退けるのは、そういう喜びや楽しさです。
 コツは適当になんでも思いついたことをやるってことです。うまくやろうとすると、飽きたとき、なんか悪い気がしますから。飽きても気にしなくていいことからどんどんやってみましょう。なんといっても手を動かして体に多様な風を送り込むだけで、気持ちいいんですから。先を考えずに楽になんでもやるといいですよ。

 私は今日もなにも変わらず手を動かしてます。
 朝起きて、朝ごはんを作って、原稿を書いて、お昼ごはんを作って、最近はじめた畑を見に行って、午後三時からは西日を浴びないようにアトリエで三時間絵を描いて陶芸をしてます。まわりは騒がしいですが、日課をただ続けてます。社会の時間軸と別に、自分の時間軸を作っておくと、社会が折れても、自分は折れません。私も精神的には停滞しているんだと思います。特に何にも閃いたり思いついたりできません。そんな日々ですが、手は動かしてますので作品だけは少しずつでき上がってます。今こそ手です。手の抵抗。
 私の場合は二、三か月無収入とはザラにある普通の出来事なのですが、そういうときのコツは、金にならなかろうが毎日つくること、だけです。それで今までどんなときでも生き延びてこれました。だから仕事がなくなろうが売れなかろうが気にせず、次をつくるんです。むしろつくるだけになります。それが次の何かにそのまま変貌するんです。こもっている、働けない、金がない。それはそのまま手を動かして創造しろってことです。 才能あるとかないとか関係なくて、それやんないと気が狂うからやってるだけです。すごいものを作ろうなんて考えたら手が止まりますから、まったく無駄なのでやめて、下手でもいいので狂わないようにつくってみてください。
 縛られない生活が続くと、生活リズムが乱れて遅く寝たりしているかもしれませんが、気をつけてくださいね! そのままにしてるとすぐ鬱になりますからね! 自由時間だけの生活になったときはとにかく「早寝早起き朝ごはん」これが基本です。遅寝しても早起きが基本です。睡眠不足よりも起きる時間のほうが大事です。 家にこもってる人には本当に効くからお試しを。引きこもりも楽かと思われるかもしれませんが、けっこう大変なんですよ。すぐ狂ってしまいますから。でも自分の方法を見つけたらそれはあなたの「時間」になります。
     


 今日も変わらず「いのっちの電話」はかかってきてます。
もちろん私は医者じゃないので薬が出せません。そのおかげであれやこれやとアイデアを出したり、経験から作り出した直感で対応するしかありません。でも、一緒にその人にとっての薬をつくりたいなといつも思ってます。やっぱりこの電話でも私は「作ってる」んですね。毎日作品を作っている作業となんら変わりません。私は創造行為として「いのっちの電話」をやっているということです。電話口から聞
こえてくる声の内容はとてもとても個人的なことです。社会で起きていることの前にそれぞれの人に起きているその人だけの出来事があります。私が担当しているのはそこに目を向けるということです。その対処こそ私の創造行為なのかもしれません。

 僕の携帯電話番号は090-8106-4666です。これも正気を保ち生きのびるための技術ってことです。困ってることを直接口にすること。困ってることは全部外に、内奥には作るための力を溜め込みましょう。困ってることは口にして、困ってることから発動した力は作ることにして外に出すって戦法。
 痛かったり、苦しかったり、死にたかったりするのは、きっと一人で考えすぎてるからですよ。もちろん人間はみんな孤独です。だから困ったら、すぐに相談しましょう。そうやって、素直に口にするとむちゃくちゃ楽ですよ。
 むちゃくちゃシンプルな結論に達してますが、それがなかなか難しくなっているのが今の世の中なので、私はいつまでも声を大にしていい続けたいと思います。
 とにかく一人でどうにもできなくなったら相談すること。素直になること。素直な声を出せば、この本読んでもらえば分かったと思うんですが、そもそもそれは悩みではなく、自分が何かをしようと、それこそ創造をしようという準備段階だと気づくはずです。
 自分の薬をつくるというワークショップをやって本当によかったです。私はとても自然に感動しました。この本に登場して相談してくれたみなさん、ありがとうございました。

 人から信頼されるのはとても力になりますし、人から、元気になった、ありがとうと感謝の言葉をもらうのはとんでもない治癒力があります。いつもこういう行動をして助けられるのは私自身です。
 

 みなさんがそれぞれに自分の薬をつくれますように。
 もちろんわからなくなったらいつでも相談してください。
 お互い素直になって声を交わしましょう。
 それではまた、どこかでお会いましょう。


 二〇二〇年四月二七日 自宅書斎にて                  

                             坂口恭平 

 

 追伸: 畑をはじめて、野菜が夜育つと知ったので、毎日夕方五時から畑に行くようになったら、自然と西日が嫌いではなくなりました。今では毎日畑から夕日が沈むのを見ることが好きになりました。今の僕の薬は、毎日畑に行くこと、です。
そして、通院、服薬を完全にやめました。

文章:自分の薬をつくる 非日常につける薬――あとがきにかえて  より抜粋



坂口恭平さんの記事は、参考になる事が多いです。

この記事の通りにできれば本当に薬を飲まなくてもいい日が来るのだと思います。


↓ダーも私もひたすら手を動かす毎日になっています。

リュックの持ち手にパラコードを編み込み、補強のために黒い刺繍糸でダーニングもしました。