亡くなった母が溺愛していた初孫。
仙台で産まれ、ずっと長女と母は一緒でした。
母曰く
『あの子は私が育てた子なの。だから命に代えても私は守るんだから!』
いやいや。育てたのは私ですけどね
そんな母を孫達は《のんのん》と呼んでいます。
そんなのんのんを失って以来、ずっと我慢してきた長女が、最近こんな事を言います。
のんのんのガンが発覚する前に、長女はのんのんの体臭が変わったことに誰より早く気付いていたらしい。個人差はあると思いますが、確かに母は
独特の匂いがしていた。
仙台に帰ると一緒に寝ていた長女は、その変化を敏感に感じていたけど、だからってそれがガンからくるものだなんて知らなかった。
私だって父だって知らないよ、そんなこと。
自分が変な匂いがすること、そしてなんか病気なんじゃないか?って気付いてあげて、私にそれを話せばのんのんは助かったんだ
そう長女は思って、自分を責めていた。
違うよ、長女。
例え気付いて病院に行っていても、末期の進行癌であったこと、腫瘍は大きく、手術もできない状況は変わっていなかった。
だからあなたは責任を感じなくていいんだよ。
長女は泣き出しました。
つらかった。長女もこの5ヶ月、つらかったね。
のんのんの意識がなくなる瞬間、長女と母の親友の2人しか病室にいなかったことは、きっとのんのんが長女に最後の最後まで、側にいてもらいたく、また、自分の命が消えてくサマを見届けてほしかったんだよ。
のんのんがずっと守りたかった長女、初孫に、最後の姿を見せて、これからのんのんは側にいないけど、頑張って生きていけ!ってメッセージだったんだよ!
『のんのんに会いたいな…』
昨夜も長女はボソッと呟いた。
絶対、側にいるよ!
守ってるよ!しつこいぐらい側にいるはず!
私が精神的に弱った時間は長女は自分は平気だよって風に見せて、私を励まし、心配してくれた。
今度は私が長女を励まし、のんのんみたいにはできないけど、いっぱい楽しましせ、笑わせてあげるから!
頑張って生きていこうね、私の娘さん
このブログ打ちながら、自分にも言い聞かせて喝を入れてる私でした。