基本的にF1ネタは書かないけど…。
19年前の1994年5月1日、サンマリノGPでアイルトン・セナが亡くなってから19年の月日が経った。
あれから19年も経ったのが信じられないけど1994年に生まれた子が今年高校を卒業して春から大学生や社会人になっている。そりゃ自分も大人になるわけだ。
当時まだ小学生低学年だったけどあの日の事は今でもかなり鮮明に覚えてるしきっと一生忘れないだろう。
たしか夜10時過ぎだったと思う。たまたま見てたフジテレビの番組内でニュース速報が流れた。
「F1 サンマリノGPでアイルトン・セナ選手がクラッシュし重体」
それを見た両親が凍りついたような顔していたのをはっきりと覚えている。
子供だったので重体の意味が分からず親に聞いたら命が危険な状態だと教わって事態の深刻さを知った。
「まさかセナが」と誰もが思ったはず。
当時はまだ生放送はなく日本グランプリでさえ録画放送。
もちろんインターネットもなかったのでリアルタイムで情報は伝わって来なかったが悪い予感を感じてしまう出来事が前日の予選で起きていた。
シムテック・フォード S941をドライブするローランド・ラッツェンバーガーがヴィルヌーヴ・コーナーでコントロールを失い激しくクラッシュ。
命を落とす悲劇があったばかりだった。
ラッツェンバーガーは前年まで日本のモータースポーツ界で活躍していていただけに日本のモータースポーツファンにとってはショッキングな出来事だった。
ラッツェンバーガーの件もあった直後だしセナの事が心配で心配で寝てる場合じゃなかったしとても眠れなかった。
事態がつかめないままサンマリノGP決勝の放送が始まったけど録画放送のはずがいきなり現地からの生中継の映像だったのを覚えている。
そこで川井一仁やフジテレビの三宅正治アナが沈痛な表情でセナがタンブレロ・コーナーでクラッシュし意識不明のまま病院に搬送された事、ケガの状態が悪く非常に深刻な状態である事を伝えてきた。
それからレースの映像に変わったがすぐにセナの死を伝えるニュース速報が入ったと思う。
自分は覚えていないのだが「ウソだ、セナが死ぬわけがない!何かの間違いだ!」と何度も言っていたらしい。母親はその時のことをよく覚えていた。
レースの映像から再びサンマリノからの生中継に変わって現地にいた三宅アナからセナの死亡が正式に伝えられる。
誰もが信じられない気持ちだったがもはやセナの死は誰も否定出来なかった。
決勝レース7周目のタンブレロ・コーナーでそれは起こってしまった。
セナがドライブするウイリアムズ・ルノー FW16のステアリングロッドが突然折損。
曲がる事が出来なくなってしまったマシーンはハイスピードのままコンクリートウォールに一直線に向かうしかなかった。
死因に関しては諸説あるがあのスピード(激突時のスピードは推定220km/h)とあの角度でコンクリートウォールに突っ込めば頭部に深刻なダメージは免れずそれだけで命を落としていた可能性が高いと思う。
実際セナが激突したタンブレロ・コーナーのウォールにはセナのヘルメットが当たった際についた黄色い塗料が擦り付けるように付着している。
第一報はフジテレビの現地からの中継だったが民放各局、NHKも夜中3時頃にはニュース速報でセナの死を伝えていたらしい。
翌朝のニュースや号外、夕刊が大騒ぎになったのは言うまでもない。
セナの母国ブラジルでは英雄の突然過ぎる死に100万人もの人々が詰めかけた様子をイギリスのタイムズ紙は「ブラジルが泣いた日」と報じた。
後から足している情報があるとは言え小学校低学年の子供がこれだけ当時の事を覚えているんだからそれだけ自分にとって、というか個人の問題ではなく世界中にとってとんでもなく衝撃的な出来事だったのだ。
今でも一部まだ時間が止まってしまったままのように感じる事もある。
F1という域を越えて世界的に名を知られていたスーパースター、アイルトン・セナ。
セナの死を機に世界的にF1を見る人が減った。うちの母親もそんなひとりだ。
0歳から今日までもう○十年F1をはじめあらゆるモータースポーツを見てきて素晴らしいドライバーをたくさん見てきた。
その中でもやっぱりアイルトン・セナの存在は本当に本当に特別。
とにかく勝利を求め続け人間業とは思えない鬼神のドライビングは見る者に鮮烈なインパクトを与えた。
特に0.001秒を争う予選では恐ろしいほど速かった。
セナの伝説のドライビングは数え切れないほどある中で個人的に一番印象深いのは93年のヨーロッパGP(ドニントン・パーク)
予選4位からスタートで珍しくやや出遅れて1コーナーでは5位だったが、すぐにミハエル・シューマッハーをパス。
次はアウト側のライン取りからカール・ヴェンドリンガーを大胆に抜くとすぐにデイモン・ヒルもパス、勢いは止まらずアラン・プロストまでも軽く抜き去ってホームストレートにトップで戻ってきたのには痺れた。
テレビに向かって「うぉー、セナすげぇぇぇぇぇー」って叫びそうなぐらいに。
アクティブサスペンションのおかげがあったにしても完全なウエットコンディションで滑りやすく視界も悪い中でオープニングラップからあんな芸当が出来るのはセナ以外で他に誰がいるのだろう。
サーキットでのイメージが強いためほとんど知られていないのが残念だが、セナは生前から経済的に恵まれない子供を金銭的に積極支援してきた。
死後は姉のビビアーニがアイルトン・セナ財団を立ち上げ貧困層が多いブラジルに溢れるストリートチルドレンを支援し職業訓練を受けさせ社会復帰させるなどの活動を続けている。
貧しくて学校に通えず教育を受けられない子供たちに教育を受けさせるため、最低限の勉強道具のノートとペンを無償で配布するなどセナ財団から何らかの支援を受けた子供たちは軽く100万人を超えているのだ。
セナが生きていれば今年53歳。
もし政界にでも進出していれば間違いなくブラジルの大統領になっているだろう。
亡くなってから19年経った今でもセナは世界中のファンの中で生き続けている。
自分にとってはいつまでも色褪せない永遠のヒーローなのだ。


