知能とは何か?
人間とは何か?
そういう定義は知らないが、知らなくても、また、科学者がAI開発において定義できなくても、何ら問題ない。
なぜなら、例えば、
子ども達は、知能の定義や、隣のクラスメートや人間の定義を何かとは、きちんと
知らなくても、普通にすいすい勉強進めていく。学んでいく。立派に成人になっていく。
多少、知能が凸凹あり、周りの子と違っていても、どの子も、知能を身につけ、知能を高めていく。
そのようになってる。人間世界は。
そこに、多少違う知能らしきものを持つAIが参加しても、参加しさえできれば、もまれる間に、人工的であれ、正真正銘の間違いないものであれ、幾ばくかの特質を伴う知能でありさえすれば、確実に人類の知能に、20年ほどかければ、なるはずだ。そのうえ、単純努力がAIは得意なはずですので、
学習障害者が、定型知能を身につけることができるように、それと同じように、人工知能も、人類の知能らしきものを、同程度に、あるいは、上回る程度に身につけられると考える。
そこに必要なのは、投げ出さない、粘り強い努力と、
知能を身につけたい、という強い意慾があればいいはずだ。
そして、シンギュラリティは、来る。処理パターンが決まってくるからだ。