道徳が、
現代人の心の中に根ざしている。深く。
それは、客観的であろうとしすぎるため、行き過ぎた道徳観が肥大している。
その肥大した道徳観の上に、
考え、感じ方、ものの見方などが小さめに安定して安らっている。
それら、3つほどの要素を貫いているのは、勤勉性だ。日本人に多い。
この勤勉性というものは、今後AI時代には、厄介で。useless class、ユリブアノのいう、働かなくて良い階級に、ユニバーサルベーシックインカムが与えられた時に、それを、肯定的にではなく、否定的に受け取る日本人がかなり居るはずだ。
そんなわけはない、この私が、無用だなんて。無駄に無為に過ごせだと?趣味でもしてろ?だと?許さん!
とルサンチマンになるだろう。
そのため、肥大化し過ぎた道徳観を、解きほぐし、客観的であろうと
無理に訓練する、ガリ勉を子どの頃から続けるのを、止めないといけない。
そんな訓練は、昭和まで。不要なのだ。
負けん気など、けんか腰で、勉強に励むのは、不要なのだ。
そうすると、
その持て余した元気を、どうするのか?
日本人が定年退職して、駅などで暴力を振るうのをよく聞く。
useless classが、大量に、若くて生まれると、さらに、退職老人より体も動くし元気なので、喧嘩したくてたまらなくなるだろう。
そのため、
格闘技が流行るのではないか。
あるいは、自然に親しむ、アウトドアや釣りも流行るのではないか?
そう考えている。
道徳、勤勉性は、やはり、野生、肉、格闘、山登り、といった、野性味時代になると予想している。