AIは、どんな主観も、客観的理論に繋げてくれる。高度演算機能を使うからだ。現代でも、永井均さんの言う独我論や、間主観性などの理論は主観と客観を繋ぐ試みと見える。

そのため、これからの時代は、主観的なもの、固有性、一回生、感性、癖、感情といったものがますます重要になってくるはずだ。その上、おそらくは、直ぐに何かの親方レベルにはなれてしまうのではないかと推し量っている。なぜなら、AIが人間の修行を助けてくれるからだ。


そこで、単なる親方レベルスキルのあるだけの師範になるのか、教範も含めて、スキルはもちろんのこと、客観思考や論理思考もマスターして、AIに頼り切らずに、後進の規範や模範になれるか、すなわち、技能を幅広く、漏れ抜けなくマスターできるのかが、かなり問われてくると見ている。

例えば、書道などは、漢文が読めなくても、書いている字句の意味を正確に知らなくても、師範スキルは、身につけやすい。AIのガイドがあればなおさらそうだと言えるはずだ。

しかし、他人に作品を説明するときに、漢語の出典やいきさつ、背景知識を知っておれば、後進にも創作の意義や、情熱の来歴が伝わりやすくなる。後進も書道をしたくなるかも知れない。

例えば、作家修行を考える。単に主観的に書きたい内容を書きたいように仕上げるスキルはAIの助けを借りれば、すぐにできるようになるかも知れない。しかし、そのスキルと合わせて、論理的な文章を独力で生み出す能力があれば、どんな後進にもわかるように説明できるうえ、AIの操縦操作プログラミングもできるようになる、と言える。後進のガイドを務めるAIの制御ができることになる。