本来、町中を速歩の人は、忙しく、仕事も多忙気味だ。では何に忙しくしてるのか?
それは、さしずめ、誘惑だ。
本来、やりたいことがたくさんあり、気が散りそうになり、散財しては大変なので、足早に逃げるようにして町中の誘惑から逃れる。
では、
どんな誘惑があるのか?
それが、現代人は、意識できてない。毎日の多忙な足早な生活、動きの中で忘れてしまっており、何十年と繰り返された動きの中で強化されすぎた足早のために、忘れてしまっている。
では、
もともとは、どんな誘惑があったのか?
例えば、街を歩いてみよう、
そうすれば分かる。
サンドイッチのモーニングサービス、すれ違う人の良さげなカバン、車道に出れば、ハーレーのエンジン音、赤いスポーツ車、サイクル専用のスポーツタイプの自転車などなど。
いずれも、一度は憧れたものばかり。
しかし、その実、毎日の慌ただしさの中で忘れていたもの。忘れているだけでなくて、何故スポーツタイプの自転車が欲しかったのか、なぜ、ハーレーなのか、すら、もうすでに分からなくなってる。それは、思い出せなくなってるのか、あるいは、本当に分からなくなってるのか。いずれにせよ、はるか昔十年前までは、確かに欲しくて、ほしい理由も思い出せたようなものばかり。
こういう誘惑か街にはあるので、足早に歩いてしまうのだ。
やりたいことは、全部やれ!と、大前研一さんが書いてるが、これら全部をやるのは、かなり大変だが、その一つひとつに、忘れていたが、その時その時の発達段階で確かに大切だったはずの価値観、観点、考え方に再び出会うことができる、と、泉谷閑示さんの本を読んで、感じている。