コミュニケーション人間関係、と、社員教育レベルのコミュニケーション力を小学一年生から詰め込みしようというてる限り真のコミュニケーション力は停滞するし、そこに、気高さや目標の崇高さは感じられず、そして、一億総凡人になりさがっていく。

まさに、優しい甘々な同族意識で傷を舐め合うコミュニケーション教育は、アキバ系童貞文化そのものであり、それに、行政も教員もどっぷりと浸かっているということだ。
童貞は男にとって害悪だから、早く捨てるべし、とは三島由紀夫の言い方だが、問題は、事の本質から遠ざかり、むしろ、テーマの煩瑣な周辺をなぞるだけになってしまう、ということだ。NARDギークは、例えばアングルなどに拘るが、そういうものは、経験を積んで冷静になれば、なかなか行為中ではアングルまでこだわることはできない、ということに気づくはずだ。小説の語り手が自在に物語のあちこちの場面に出現するように、神の視点といわれてきたが、そんなふうに事を進めることはできないのが現状だ。