子供の頃、消しゴムカーが流行った。その時の友達は、人のものを盗んでも消しゴムカーを集めまくっていた。

当時の消しゴムカーには、ゴツい見かけの車のデザインが多くて、子供が喜ぶとは思えない。今の車のデザインは、ポルテやダイハツコペンなど、可愛らしいデザインのものも多い。今これらのかわいいデザインの消しゴムカーがあれば、子供も喜んで集めるだろう。


しかし、なぜ、他人の物を奪ってでも消しゴムカーを集めていたのか、その友達は。

ここで、あくまでも仮説だが、その友達は、単なるゴツい消しゴムカーで、出来がいまいちのおもちゃに、無限の可能性を見ていたのではないか?つまり、僕には不細工な消しゴムカーにしか見えないモノに対して、コペンやスポーツカーが見えていたのではないか。

本人に確認したわけでもないが、見えてる者には歩ける、という言い方があり、人とは別のものや未来が見えてる人は確かにいるのだ。


そういうのが大切だと思った。生きていく上で。

そして、そういう未来が見えるようになったり、今目の前のものに、人には見えないものが見えたり、あるいは、何か見えそうで見えなくて困るけど、でも、何か心底惹きつけられたり。といったことがかなり大切なことだと思う。生きていく上でかけがえのないことだ。


島耕作の作者は、
好きなもの、魅力を感じたことがあれば、それを何度も味わいながら、その感じを何度も何度も繰り返すことが大切だ、と書いていた。
そういうプロセスにこだわれば、私にも未来が見えるようになるのだろうか。

そのように考えて、英語学習を繰り返している。