6年前の 今日
お医者さんが
「ご臨終です」と言った時間
23:18分
家に帰る準備ができて
黒い車が緩和病棟に迎えに来たとき
しんしん と 雪が降り出しました
前日の 8日
モルヒネで 殆ど寝ている ゆう
でも 意識が戻ると
外に出たがりました
きっと 外に出ると 空(宇宙)が
見えるからなのかなあ〜なんて
ゆうが
動けない身体で一生懸命
ベットから 降りようとしていて
「みんな 順番に飛んで行ってるから
オレの番だから行かなきゃ 」 って
「大丈夫だよ
遅れても大丈夫だよ
連絡しておくから
大丈夫だよ……
」と私
ゆう
「わかった 」
もう 行く時間が迫っていたのを
感じていたのかもしれないですね
看護師さんから
脈がかなり弱くなっています
お父さんは 付き添いできますか?
と、
その日は週末で 旦那さんも
泊まる事になりました。
私は 旦那さんが付き添ってくれると
いう 安心感で しばし 仮眠させて
もらい ましたが
ゆうが
「助けて…」というのは
足を動かして というサインも
分からないので オタオタ😓
真夜中
「お母さん!お母さん!お母さん!」と
呼ばれて
「ごめんね! ここに居るよ」
と
言うと 安心して 寝ました。
旦那さんには申し訳ないけど
私は 嬉しかった
その夜 とても辛そうで
とても苦しそうで
少しでも 一緒に
生きていて欲しいという気持ちと
苦しみから 解放させて
あげたい
という
気持ちの狭間で した が
朝、看護師さんに
痛みが強くなっていて苦しんでる
なんとかしてあげたい
と言ったら
神経に効く クスリがあります
でも それを使うと 時間が短くなって
しまうんです と言われました
私は 迷わず
痛みをとってやってください
とお願いしました
前の日
「お母さん、オレ 起きたから
大丈夫だよ
」って
「でも つかれた 」と
それでも
最高の笑顔を見せてくれた ゆう
旅立つ 5時間前に
お友達が来たとき、
一緒にバンドやってた子が
「オイ!ゆう!! 来たぜ!!」って
声かけたら
うつ伏せてる 頭を上げて
「お〜
」って 反応した
良かったあ 旅立つ前に会えて
良かったあ
その友達と
ゆうが軽音でバンドしてたときに
ゆうが作詞して その子が曲を
付けてくれた曲 「遠吠え」を
ゆうもみんなも居る病室で
歌ってくれた
遠く 遠く 遠く
響いて くれよ
オレの声
みんな泣きながら
病室で聞いた
その5時間後
ゆうは
家族 全員に見守られる中
旅立った
いや
もともと いた場所へ
戻っていっただけだよね ゆう
そして そこは 私も 戻る場所 
旦那の妹の白陽さんが
断捨離をはじめたおかげで
6年ぶりに ゆうの
トレーナーとジーパン
それと靴が 戻って来ました
それも偶然じゃないよね
きっと ゆうからのサプライズ
ゆうが履いてるこの靴です👞
サプライズ ありがとう ゆう
そして
改めて
ゆう
私をお母さんにしてくれて
ありがとう
愛してるよ
また 逢う日まで
(昭和だね
)
ずーっと 私の 看取りまでのブログに
お付き合い下さった方々に
感謝致します
