「いつも妻には優しくしたい、そう思っているのに、会社でストレスが溜まったりするとイライラして怒鳴ってしまい喧嘩になってしまうのです。」と、このような人とても多いです。

同じことをされても他人だと怒らずに踏みとどまれるのに、その相手が妻や夫だと怒鳴ってしまう。

これは甘えているだけの「幼児性」であって、大人になっていないということかもしれません。

何のために結婚するのかというと、その幼児性と決別するために、だと思います。

踏みとどまる訓練をするために、結婚があるとも言えます。その点を勘違いしている人が多いのですが、結婚してわがままを言い合えるのではなく、結婚してわがままを言い合える相手が出来た状態で、いかに踏みとどまれるか、がテーマなのです。

それが幼児性との決別であって「これでもか、これでもか」という具合にずっと神様は問いかけているのです。

他人に対して踏みとどまれるのであれば、妻に対しても、夫に対しても踏みとどまれるはずです。

それが、妻に対してなら、夫に対してなら、何を言ってもいいや、となるのは単なる幼児性、甘えではないのでしょうか?

幼児性を振り回している間はやはり自己嫌悪するでしょう。

夫婦、家族というのは「他人に対して踏みとどまれるのであれば、家族に対しても踏みとどまれる訓練する」場なのです。

それが本当に大人になるということで、ストレスを解消するために家族があるわけではありません。

結婚の本質とは「夫という名の砥石」「妻という名の砥石」を手に入れる、ということであり、結婚の本質とはそういうことのようです。

お互いに「砥石」となって磨き合い、人格を磨いていくのが夫婦なのでしょう。