そもそも人はなぜお酒を飲み、酔うのでしょうか?

例えば飲み屋のカウンター。

隣り合わせた見知らぬ者同士が、酔うほどに意気投合し、すっかり親しくなった気分です。

あるいは学生のコンパ。

普段は目立たない存在なのに、酒が入ると急に舌も滑らかになり、気が付くとすっかり中心人物になっていた。

そして会社の飲み会。

とっつきにくいと思っていた上司も、お互い飲んで酔えば案外いい人に思われる。

そう、酒は対人関係の不やんや緊張を消し去り、社交的にしてくれる「薬物」です。

相手と親しくなった幻想を与えてくれるのです。これが酔いの第一の「効用」。

人とのきずなを強めるこんな作用があるからこそ、古今東西の酒文化が花開きました。

合戦の前に、あるいは収穫の後で、友に酒を酌み交わし、高揚感の中でお互いのきずなを確かめ合ったのです。

この位ならいいのかもしれません。

 

しかし、そのまま酔いが進むと、困ったことに「不安」がなくなります。

自分が大きく感じられ、世の中に怖いものが無くなる。屋でも鉄砲でももって来い、となるわけです。

これは第二の「効用」。スーパーマンにでもなったような幻想を与えてくれるのです。

ところが、困った事にも現実はただの人間です。

スーパーマンのままの幻想で暴れればケガをします。

怪獣泰治はいいのですが、暴れてそこいらのものを壊していては器物損害に問われます。

さらに厄介なのは、スーパーマン同士がどちらが正しくて、どちらが強いのかを比べようとしてのケンカです。

もう、こうなると手のつけようがありません。醜い限りです。

 

さて、そのとは? ぐでんぐでんに酔いつぶれてしまい、こうなれば不安も何もありません。不安を感じるだけの意識もないのですから。天下泰平、大いびき。

一人っきりで、酔いの世界に浸っているのですから。

不安がない、そう、不安とはすなわち理性でもあったので。酔いとは不安な囁き発する理性を黙らせて、幻想の中に浸っていくこと。

しかし、考えてもみてください。人間誰でも、数々の不安や心配とともになんとかどうにか生きているのです。

その「不安」、「心配」が無くなってしまう、ただ単に「ラりっている」だけのことです。