結局のところ、お酒というのは「毒」です。「毒物」以外の何物でもありません。
お酒を飲んで何かメリットはありますか?
お酒を飲んで沈んだ気分を高揚させたり、お酒を飲んで、何か成し遂げなければならないことの再度やる気を固めて強くしたり、はたまた 昔のイギリス海軍には海戦の前にラム酒を一気飲みして戦う、そのような似たような事例はいくらでもあります。
戦う前に勢いづけとして飲むというのは何もイギリス海軍だけではなく、他にも多々あるに違いありません。ただ、今の俺がそれがどこかということを知らないだけです。
他にもこじつけて飲む例はあります。大切な家族を亡くした時に「ブランデイを一杯」、葬式が終わると「献杯」、結婚式や披露宴などめでたい場合でも、何かとこじつけて「乾杯」とアルコール飲料を飲みます。
しかし、何か事があるからと言って、それがアルコールである必要はありますか?
何か事があるからと言って飲んでいる人たちがハイな気分になっているのはただ単にお酒に酔って「ラリっている」だけの話です。
そして、世間一般の風潮としてこの飲んでいる人たち、特に我々男性の場合は飲んでいる人たちが幸せであって、飲めない人たちが何か特別であるかのような見方もされます。
飲めない人たちが特別視されるというのも、成人男子の実に90%以上が飲酒をするという現代社会では致し方のないことかもしれません。
しかし、お酒は「毒物」であり、飲酒は「習慣」ではありません。麻薬などの他の薬物と同様に「依存」なのです。
所謂普通のドリンカーもお酒に騙されているのであり、どの病気にも程度があるように普通のドリンカーの人も程度は低くはあっても、「アル中」という病気にかかり、損をしているのです。
何の損をしているのかって?答えは簡単です。
健康、富、エネルギー、自信、集中力、自尊心、平常心、思考力、時間などたくさんのものを失っているのですから。
薬物中毒者を見て、羨ましいと思う人はいません。
アルコール依存症も、他の薬物中毒者と同じで失うものは数え切れないほど多く、飲酒を続けている限りは悪くなることはあっても良くなることはありません。
そして、大半の普通のドリンカーも自らがアル中にかかっており、どれだけそのために損をしているのかよく分かっていないのです。