獨協大学入学当初、つまりまだ二十歳にもなっていなかったころ、お酒なんて「粋がって」飲んでいるだけで、内心決して「うまい」なんて思っていなかったし、「こんなもの」よりはレモネードやオレンジジュースのほうがはるかに好きでした。
だけど、飲む機会があるたびに徐々に飲むようになり、バイト先でもお客さんから少しいただくようになり、それというのも銀座のかなりの一流クラブでバイトするようになり、カウンターに立っていると勧められたので飲んでいたわけです。
お酒とはちょっとわき道にそれますが、かなりのお偉いさんが集まるお店で社会的に最も身分が高い人は三菱商事の社長が来ていました。
銀座八丁目フクスケビルの地下一階にあった「交流クラブ」という店だったが、あくまでも上品な店だったので、お下劣なことはありませんでしたし、高級な人たちが高級なお寿司を注文して、たくさん残してくれましたので、閉店後に遠慮くなくしっかりいただいていましたし、高級な人たちはもちろん電車では帰らず、タクシーにも乗らないで、お抱えハイヤーで帰宅されるので、ハイヤーまでかばん持ちをするとそれだけで2,3千円貰えていたので、割のいいバイトでした。
店が暇で早終いした時はママが音頭を取って、ホステスの綺麗なお姉ちゃんたちと近くのおでん屋さんに連れて行ってくれたりしたし、他にもおいしいものたくさん食べられることもありました。
まぁ、通常は最後に一人残って簡単に掃除だけして帰っていましたが、ずらりと並んだボトルを見ていると少しくらい飲んでもいいかと思い、くすねて一杯だけ、本当に一杯だけ飲んでいました。
そうやってチビリチビリ飲っているうちに気が付かない間にお酒に慣れていった と普通は言います。いいえ、そこが間違っているのです。
「お酒に慣れて行った」のではありません。「お酒に騙されていった」のです。
さらに厳しい言い方をすると「お酒に騙されて、コントロールされるようになっていったのです。」
これが真実なのです。
明日に続く。