昨日から続く

夫婦喧嘩をする人は、これは自分の妻だ、この人は自分の夫だ、という誤解をしています。

その人は自分の身内であり、家族であるから何を言ってもいいと思っているのです。

でも、仮に隣のおじさんが毎月給料を運んでくれていると思ったら、文句を言ったりはしな

「どこのどなたか存じませんが、毎月毎月私たちの家族が食べられるようにしてくださって、ありがとうございます。経済的に困らないようにしてくれて、ありがとうございます。」とただ手を合わせて、感謝するしかありません。

「玉の土曜日くらいは子供の遊びの相手をしてやってよ」と疲労困ぱいして帰ってきた夫に向かって、このように言う妻がいるようです。

隣のおじさんだったら感謝しかないのに、自分の夫であると、なぜそんなに嫌味ばかりを言うのでしょうか?

逆に夫の側からすると、どこのどなたかわからないおばさんが、朝知らないうちに現れて食事を作ってくれる、朝起きると味噌汁から湯気が立ち上がっている、夕方帰ってくると夕食を用意してくれているなんていうことは、あり得ない事です。

「どこのどなたかは存じませんが、朝食夕食を用意してくださって、ありがとうございます。」と、こちらもただ手を合わせて感謝するしかありません。

他人だったら、手を合わせて感謝するのに、なぜ妻や夫には感謝しないのでしょう?

原点に立ち戻って、夫も妻も「この人は元々他人だ。」ということを認識する。

そして、この他人の男性が私に対して、たくさんのことをしてくれることに感謝。他人の女性が私に対して、たくさんのことをしてくれることに感謝。

お互いを他人だと思ったら、夫婦はそれほどイガイガとはしないはずです。

喧嘩をしている夫婦というのは、夫のほうは経済的に食わせてやっている、妻のほうは家事をやってあげている、などと思っているのではないでしょうか?

男性と女性は根本的に違うのだから、同じ価値観にはなりません。そういうのは目指すべきではありません。

元々は他人だと、そのように考えると夫婦関係もうまくいくようです。