皆様、こんにちは。
約8年前にお迎えした元保護犬のぽっくんが2月2日月曜日に永眠しましたことをお知らせします。
亡くなる前のことを少しずつ綴っていこうと思います。
老犬介護されている方の少しでも助けになれば幸いです。
ぽっくんは糖尿病だったので、ご飯の後に血糖値を下げるインシュリンの注射を打たなければなりませんでした。
そのため、ご飯はしっかり食べてから注射を打たないと低血糖になってしまいます。
最後は、食べられなくなっていたのになんとかして食べさせたい私の気持ちはそこから来ていました。
どうして食べられなくなっていたのか。
ぽっくんは歯槽膿漏が原因で食べることが困難になっていました。
犬の歯槽膿漏とはどういう構造なのか、亡くなる8日前にChatGPTに聞いてみたらよくわかりました。
もっと早く聞いておけばよかったです。
ぽっくんは食べたい気持ちはありました。でも食べ続けられませんでした。ヒーヒー泣いて最後は無理矢理食べてもらっていたような感じです。
ちょっと苦しいだけならなんとか食べてもらわないと、と思って頑張って口に運んで飲み込んでもらっていました。注射を打たないといけなかったからです。
歯槽膿漏で歯根に膿が出て、それが鼻や口に流れ出てきて苦しいのかと思っていたので、抗生剤をあれこれ試してみましたが、効果がありませんでした。
でも、今思えば抗生剤の効果がなかったわけではありませんでした。なぜなら鼻に詰まっているのは膿ではなかったのです。そう膿は出ていなかった。抗生剤は効いていた。
では、何が苦しかったのか?
それは、ChatGPTによると、
歯槽膿漏がひどくなると骨が溶けて、口腔と鼻腔が貫通するらしく、そこから食べたものが鼻に流れ、鼻が詰まって苦しくて食べづらい、とのことでした。
そして何より、食べられなかった1番の原因は、これもまた私は無知で本当にかわいそうなことをしましたが、とても痛いのだそうです。
それは知りませんでした。
苦しいだけなら食べてくれ、と食べさせていましたが、痛くてヒーヒー泣いていたとは…
本当に申し訳ないことをしました。
そして、ここでやっと痛み止めを処方してもらったのです。亡くなる6日前でした。
痛み止めをもらった後は、ぽっくんは少し食べるのも楽になったように見えました。
ぽっくんも私も楽になりましたが、食事量をちゃんと1回分あげるのは、ここでもうやめました。インシュリンの注射もちゃんと食べられなかった時は打ちませんでした。
ChatGPTに「食事量を減らす事は決して諦めではなく、飼い主による愛と思いやりのある医療判断だ」と言われ、腑に落ちたのです。
苦しんでまで長く生きてほしいわけではない。
もう「栄養を入れる」事は忘れて、食事が苦痛なイベントにならないように無理に食べさせず、楽に過ごせる環境を軸にするべき段階に入ったと覚悟しました。
そこからは、
ぽっくんが目を覚ましたら、お水を飲ませたり、ミルクを飲ませたりして嫌がったらやめる。
お水だけは自分で飲んでいましたが、それ以外は、私がシリンジやスプーンで口に運んでいて、
少量ではあっても口に運ぶとごっくんしてくれていたし、水も自分で飲んでいたからまだ看取りの段階ではないかな、
そのうち、水以外のものを受け付けなくなり、自分で水も飲めなくなり、水をシリンジで口に運んで少しずつ飲ませたりして、でもその水も飲めなくなって、そして旅立つのかなと勝手に思っていました。
それでも、もって2週間か、早ければ今週かも?と少しずつ看取りは近いとさすがの私も感じてはいましたが、
亡くなる当日の朝も、総合栄養食のミルクも飲んで、ヤギミルクもシリンジでおいしそうに飲み、お水も自分で飲みました。(Instagramに動画あり)
それが2月2日亡くなる日の朝の9時。
私はそのあと税務署に確定申告に行く予約をしていて10時半に家を出るため、ぽっくんを抱き枕の上に寝かせてから自分の支度を始めました。
上から見るとこんな感じ。
横向いて寝かせてばかりだと床ずれになるので、お腹に枕がある状態でその枕を抱いてうつぶせになっている感じ。
そして、私が家を出るときに、
いつものように、南向きの明るい窓に顔を向けて寝かせてあげました。鼻にミルクが少し流れていたようなので、それを取り除いてあげてから私は税務署に出かけました。
確定申告が12時におわり、税務署前にあるラーメン屋さんでパパっとお昼を済ませて1時前には帰宅していたと思います。いつもは都税事務所にも寄ってきますが、ぽっくんが心配で別の日に行くことにしてこの日は帰ってきました。
ぽっくんは寝ていました。
筋肉がないので、もう寝返りも打てず、目を閉じることもできません。
私が出かけたときと同じ状態でした。
でも、舌の色が白かったのです。
低血糖っぽいのかな、具合があまり良くないのだなと思ったのですが、
そうではなくて、もう心臓が止まっていて血液が流れていないから舌の色が白かったみたいです。
なので、私が帰宅したときには悲しいことにもう力尽きていたのだと思います。
でもそんなに時間が経っていなかったようで、まだ体は温かくてぽっくんが死んでるなんて全く気がつきませんでした。
ぽっくんを抱き上げ、そのままベランダの椅子に座ってしばらくひなたぼっこをしました。ぽっくん幸せだね、あったかいね、毎日幸せだね、たくさんいろんなところ行って本当に楽しかったね。
などなど、いっぱいお話ししました。
それからお部屋のソファーに移動してぽっくんをお腹の上において抱っこしたまま仰向けで横になり上から毛布をかけてお昼寝をしました。
抱っこであったかくて気持ちよくて…
うとうとしていたのは30分位だったと思います。
目を覚ましてぽっくんを見てみると。
え?
ぽっくんが息をしていないことにそこでやっと気がついたというバカな飼い主です。
え???
うそ???
ぽっくん?ぽっくん?
そこからはあまり覚えていませんが、お水を飲まそうとかしたのかもしれません。お水が入ったカップが置いてあったので。それをいつ飲まそうと思ったのかあまり覚えていません。もしかしたらお昼寝の前かもしれないし、帰ってきてからすぐ飲まそうと思ったかもしれません。とにかくお水を飲まなかったことは覚えています。
こんなに毎日ずっと一緒にいるのに、私はその瞬間に立ち会うことができませんでした。教室も手放して、これから毎日本当にべったり一緒にいられると思った矢先のことでした。
どうしてこの日に税務署なんか予約しちゃったんだろう。2月末までに行けばいいのだからもっともっと遅くてもよかったのに。
ラーメンまで食べてきた。せめてまっすぐ帰ってきていたら間に合ったかもしれなかった。
朝は自分でお水も飲めてたじゃないか。ヤギミルクだって飲んだじゃないか。
なんでこのタイミングだったのよ…
苦しそうな顔でなかったことが、せめてもの救いでしょうか。眠るように穏やかに旅立ったのだと信じたいです。
ぽっくんは、優しくておとなしくて穏やかでどんなわんちゃんからも人からも好かれる不思議な魅力をもった子でした。
そんなぽっくんに私の事を大好きになってもらえて、私はすごく幸せでした。
わんちゃんを飼うのは初めてで、今思うと最初の頃は、とんでもない飼い方をしていたような気もします。
糖尿病にわんちゃんがなることなんて知らなかったし、歯槽膿漏は痛いことも知らなかった。
白内障はほっとくと網膜剥離やぶどう膜炎などを引き起こしてしまうことも知らなかった。ただ、目が見えなくなるだけかと思った。
ぽっくんには申し訳ないことをたくさんしてしまった。
本当にごめんね。
こんな飼い主で申し訳ない。
もっとベテランさんだったら違っていただろう、とか考えてしまう。
ぽっくんと出会えてから約8年私はとっても幸せでした。
いろんなところに行きました。
人生が彩り豊かなものになり世界が広がりました。
感謝してもしつくせません。
ぽっくん、本当にありがとう。
大好きだよ。
堀田ぽっくん 2026年2月2日月曜日🌈
享年たぶんだいたい16〜17歳くらい
日差しの暖かいよく晴れた日でした。
ぽっくん、魂が体から抜け出して自由になったね。
これでずっとママと一緒だね。
#犬の歯槽膿漏#犬の糖尿病#老犬介護卒業組