昨日、雨の火曜日・・・それはNPB関係者のみならず・・・
ニッポン全体が国民的大スターを悼む涙雨だったのかもしれないね。
享年は89(野球)・・背番号の「3」日、そしてNPB交流戦初日・・
最後のその日まで絶大なるインパクトを残して彼は旅立ってしまいました。

 

自分は元G党、そしてその後は「アンチG」に転じ、今は特定のチーム
ではなく、その年毎に「こうなれば面白い」と想定してNPBを見ています。
そんな変遷がありつつも、やはり彼のことには触れないわけには行きません。

 

週末~昨日のアコナイまで色々ありましたが、一旦後回しで・・

<G党として・・・~概ね1993迄>
意外とまともに?というか素直にGファンだったのが幼少期~30代。
特に小中学校の頃、TV中継はYGのみ、しかも9連覇真っ最中・・
コミックでも他球団が主役のものなど皆無で、他球団は情報すら入らない時代。
もう家族も含めてYGを応援し続けておりました。
(ちなみに母は高田繁ファン・・イケメン好きでありました(笑))

 

但し、長島「選手」については晩年の事しか記憶になく、
小学生の時に帰宅して引退試合の中継を見たのが1番の印象でした。
そんなこともあってどちらかといえば王派、でもあり、
ナガシマ「監督」イメージが強い方でした。
その後もそのままG推し継続しておりましたが・・・
転機が訪れたのは・・

<1991「伝説の」ヘイ、カール事件・・>
国立競技場での世界陸上・・当時「浪人中」のナガシマ「レポータ」
は現場からの中継担当だった。
当時の世界記録で優勝したカール・ルイス選手のレース後に・・
なぜかマイクで「ヘイ、カール!!」と呼びかけるナガシマさん。
時には巻き舌気味に・・熱狂のスタジアムで聞こえるか~~!?
終いには・・「あ~~~今、目があったんだけどな~~~!??」とか・・・
一般ファンか??知り合いか???レベルで全く仕事してない(笑)

これは笑かしてもらうとともに、ここまでの彼の数々の伝説、逸話を思い出した次第で・・
 

・球場に連れてきたカズシゲを忘れた帰ってしまった
・「車のキーがない!」と大騒ぎして全選手のユニフォームを確認させた
 挙げ句、実は電車で来たのを忘れてた・・
・オールスターでノムさん(パの捕手)が「次ストレートど真ん中」
 と宣言した次の球を思いっきり空振りして尻もち・・曰く・・・
 「ノムさ~ん、カーブじゃないじゃないですか~~」
 誰も言ってないって!!・・これはノムさんがTVで言ってました。


まぁそんな事が脳裏に浮かび、
「あ、ホントにこの人、どこかぶっ飛んでるんだな・・」とやっと認識。

この頃にはGファンであること自体に疑問視もしていたし、
パでは西武を応援してもいたのですけどね・・・
そしてトドメに・・・

<1993~第二次政権>
そんな疑問を持ちつつ、なんとなく見ていたが、王~藤田政権時代は
まだ素直に応援出来ていたのだが、事ここに至っては・・・
そもそも実質解任状態で「辞任させた」その球団に戻るとは・・とか
まぁモロモロの事もあってここで完全に

「アンチG」

にアッサリと鞍替えさせて頂きました。
その後は特定の球団をそこまで応援することはなく、

母校・駒大OBなどは個人として応援するし、所属球団は「なんとなく」気にはしている
カンジで今のスタンスとなりました。
次第に金満系(現状のLADや、国内ではSBなど)球団に対しては
応援する気持ちがサラサラなくなり(応援しなくでも勝つし)・・
特にYGについては●を常に期待するようになりました。

その後、ミレニアムON対決や代表監督・・・そして
晩年の姿はスターには似つかわしくないものだったかもしれない。
しかし、そんな姿を見せることも彼には「魅せる」事だったのだろう。
もう二度と「ミスター」を呼べる選手が出てくる事はないだろう。
そしていま改めて思うけどやはり彼は・・

「ミスターG」

なのではないかな??・・・
それが結局NPBの趨勢にも影響したというだけに思えます。
・・・
昭和の星はがまた一つ、消えていった。
でもそれでいいのだろう。
それを受け入れるのが「今を生きる」という事でもあります。

さらばミスター・・・!


そんな(惜別はやはり寂しい)日々の中で・・・

永遠の命なんて望む事ではない。
限りがあるから尊いし美しい。

さて自分も頑張って生きねば!!