天国から来た大投手 十二、ワンダーボーイ 212 | 六月の虫のブログ

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モーテルで森次郎がジュディと携帯で話していると、モーテルの部屋の電話が鳴った。森次郎は電話に出るとジュディに「ジェリー・マグアイアーからだ。掛けなおすよ」と言って携帯を切った。森次郎が電話に出ると、代理人のマグアイアーは、ソックスのピッチャーで戦力外になる選手が二人くらい出そうなこととミネソタが凄い勢いでソックスに迫ってきているので、森次郎を上に上げたいと言ってきているとのことだった。ソックスはウインストンセーラム・ウォーソッグスでの森次郎のピッチングを見て昇格を決めていたようで、森次郎の昇格は五日後になりそうだ。中四日で昇格と同時に先発することになる。

ジュディに、マグアイアーの言ったことを報告した。ジュディは心から喜び、森次郎の登板の前日にシカゴに来ることを約束してくれた。次の朝、浩輔が現れた時、森次郎は五日後に大リーグデビューとなりそうなことを報告した。浩輔はそのニュースに顔を曇らせた。森次郎は、浩輔が喜んでくれないのを不思議に思った。浩輔は森次郎が怪訝な顔をしているのを見て、口を開いた。「モリ、俺が大リーグのマウンドで投げた時点で俺の夢が叶ったことになるから、俺は地上に居れなくなるんだ」と床に目線を落とした。「もちろん、大リーグで投げるのが夢だ。でも、その過程で、モリとトレーニングしたり、ダンス・パーティに行ったり、ネイサンやジュディや弘子に出会えたことが嬉いんだ。フットボールや高校野球で甲子園を経験したこと、野島監督やミスター・Zのような素晴らしい指導者に出会えたこと、そういうすべてのことが俺の身になっている。こんな経験なかなかできないもの。この幸せを失うのが恐いんだ。夢は叶うかもしれないけど、二度も幸せを失うことになるんだよ」と訴えた。この浩輔の訴えに、森次郎は言葉が出なかった。

浩輔と森次郎は、黙って体をほぐし昨夜のピッチングの疲れを取った。トレーニングをしながら、浩輔は少し感情的になりすぎたと反省した。森次郎も戸惑いを隠さなかった。その夜、森次郎はジュディに電話したが、浩輔のことについて相談できるはずもなく、一人で考えをめぐらせていた。普段はベッドに横になると三秒で眠りにつく森次郎だが、この夜は十五分くらい眠れなかった。

眠るとすぐ、ネイサンが夢に現れた。ネイサンは、パンサーズのユニフォーム姿だ。彼はジュディにプレゼントされたバットを持ってバッターボックスに立っている。ネイサンはマウンドにいる森次郎に投げるよう言った。森次郎は軽くど真ん中に投げ込んだ。すると、ネイサンはA・ロッドかと思わせるスイングでボールを場外まで運んだ。森次郎が驚くと、ネイサンはウインクして言った。「モリ、天国では僕はA・ロッドにだってなれるんだ。そんなボールでは、ビッグ・リーグで通用しないよ」。森次郎はネイサンの誘いに乗って、もう一球投げた。今回は目一杯の力で、百マイルの速球を投げ込んだ。ネイサンはそのボールを再び場外まで運んだ。「モリ、今のボールは手応えあったよ。随分上達したね。さすがモリだ」。森次郎は唖然としてネイサンを見ている。「モリ、モリが言ったとおりだよ。天国でも、今その瞬間に全力を尽くせば、すべてのことにおいて上達するんだ。それがフットボールであれ、野球であれ、勉強であれ、ね」。「ベストを尽くせ。決して諦めるな、か」森次郎が呟いた。ネイサンは笑顔でうなずくと、天へ登っていった。「ネイサン」彼はもう天高く森次郎の声が届かないところにいたが、そう叫んだ。




          A.ロッド(フリー画像より)