天国から来た大投手 二、夢の伝承者 7 | 六月の虫のブログ

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 浩輔は、森次郎が着替えて部室から出てくるのを待っていた。森次郎には、浩輔の言うことが信じられなかった。浩輔は森次郎に「野球部はまだ練習しているのかな?」と尋ねた。森次郎が「たぶん」と答えると、浩輔と一緒に野球部が練習しているグランドに行くよう頼んだ。森次郎は、ため息をつくと浩輔を野球部のグランドに案内した。グランドにつくと、浩輔は森次郎に「これから一時間、君の身体を借りるよ」というと、浩輔は森次郎に乗り移った。身体に乗り移っても意思は森次郎のままだ。浩輔は自分のピッチングを披露したら、森次郎も自分の言うことを信じてくれると思った。ただ、信じてくれたところで、自分の夢を叶えてくれるとは限らないのだが…。
森次郎は浩輔の指示どおり、野球部の監督に四番バッターと勝負させてくれるよう頼んだ。監督は森次郎を無視して練習を続けた。浩輔は、彼らの足元にあるボールを指差すと、森次郎にそのボールをグランドの遥か彼方に投げるよう言った。すると、森次郎は「お~い」と監督に声をかけ、監督がこっちを見るのを確認すると、ボールを思い切り投げた。ボールは低い軌道で、外野手の頭上を越えていった。
監督も選手も森次郎の方を驚いた顔をして見ている。投げた本人、森次郎が、一番驚いている。森次郎は自分の投げたボールの方を見て、口を半開きにして立ち尽くしている。「おい、君」と監督に声を掛けられて、我に戻った森次郎は「は、はい」と言うのが精一杯だった。森次郎は急に恐くなり、監督の呼び止めも耳に入らず、グランドから走って逃げ出した。浩輔にも森次郎の気持ちはよく理解できた。驚くのは当然だ。森次郎は部室へ全力で走った。彼は冷静さを失っていた。部室のドアをノックせずに開けると、弘子が着替えている最中だった。弘子は驚いてドアの方を見ると肩で息する森次郎が立っていた。彼女は、ブラウスで胸を隠すと森次郎を怒鳴り散らした。森次郎は、「大変なことになった。大変なことになった」と弘子に同じことを繰り返し言い続けた。弘子も彼に大事が起きたと直感し、急いで服を着た。
浩輔は森次郎が冷静さを失っていることが気になり、深呼吸をするよう言った。さらに、森次郎に浩輔のことを弘子にも言わないよう何度も念を押した。部室の奥から弘子が「また誰かと話しているの?」と森次郎に問い掛けた。彼は「別に」と答えて、彼女を待った。森次郎もようやく落ち着きを取り戻し、着替えを終えた弘子と部室を出ると、二人の前に野球部の監督が立っていた。森次郎は監督から話し掛けられる前に、「さっきはすみませんでした」と言って頭を下げた。森次郎たちが歩き出すと、監督が森次郎に向かって「ちょっと待ってくれ。君はアメフト部員なのか?」と言った。森次郎は「はい」と答えると、「失礼します」と言ってその場から立ち去ろうとした。森次郎は多少落ち着きを取り戻していたが、弘子以外の人間と話す気にはなれなかった。


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