天国から来た大投手 二、夢の伝承者 6 | 六月の虫のブログ

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 浩輔は気を取り直して、スポーツ飲料でうがいをしている背番号三十九の彼に名前を尋ねた。「僕の名前は森次郎、吉野森次郎」と答えると、浩輔に「おじさんこそ何者なの」と問い掛けた。浩輔は「おじさん、おじさんと言うなよ。これでもまだ二十六歳なんだから」というと、森次郎に「ところで君は俺のこと見たことないか」と問い掛けた。すると森次郎は、浩輔の顔をちらっと見て「ライオンズの松原に似てるね」と言った。浩輔は自分がライオンズの松原だということを森次郎に告げた。森次郎は「うそでしょ。だって、松原は事故で死んだとニュースで言っていたよ。もう勘弁してよ、変な冗談は」と言ってその場を立ち去ろうとした。浩輔は森次郎の前に立ちはだかり、「これから俺の言うことを最後まで黙って真剣に聞いて欲しい。そして、信じて欲しい」と言うと、森次郎はとりあえずうなずいた。森次郎の素直さに浩輔は少し安心した。浩輔は自分が事故で死んだこと、その後の天国の入り口での出来事、そして彼がジミーやトーマスと交わした念書のことについて森次郎に説明した。
 そんなこと言われても、森次郎には信じられるわけがない。彼は何も言わず、浩輔を置いてフィールドを後にした。浩輔は彼を追わず、フィールドに立ち尽くした。浩輔には森次郎の気持ちがよく理解できた。もし自分が森次郎だったら、変人がいると大騒ぎしてその場を走って逃げ去るかもしれないと思った。
 森次郎が部室に戻ると、先輩たちや他のチームメイトは、明日のゲームに備えて帰宅した後だった。部室では幼馴染でマネージャーの弘子が、ジャージを洗濯していた。弘子は森次郎を見るなり、「森次郎、早くそれ脱いで、洗濯するから」と言った。森次郎のことを「森次郎」とフルネームで呼ぶのは、彼の家族以外では、弘子だけだった。他の友達や先輩たちは、彼のことを「モリ」か「森ちゃん」と呼ぶ。森次郎は、ジャージとパンツを脱ぐと、弘子に手渡した。彼がプロテクターを外していると、弘子が「さっき誰と話していたの?誰もいるようには見えなかったけど」と尋ねた。彼は「誰とも」とそっけなく答えた。着替え終わると、森次郎は弘子に「その辺で待ってるよ」と言って部室を出た。彼らは付き合っているわけではなかったが、いい友達だった。彼女の洗濯が終わるまで、いつものようにフィールドと部室の間にある土手に寝転がって彼女を待つことにした。


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