冷たい方がいいでしょ?しっかり栄養つけてね。

深津は100円均一の店で買ったルーズリーフに

20歳の誕生日に父親から貰った万年筆で綴った

同棲中の杉山幸一に宛てたものだった

狭い部屋

日差しの届かないベランダ

カーテンのないユニットバス

お金のない生活


28歳

仲の良い友人達は

皆お嫁に行った

久しぶりに会えば

あんただけよ?

と半年前と同じ事を言われ

自分から言っちゃいなよ。

と、これまた同じアドバイスを受ける


焦ってない。

と言えば嘘だった


だが深津はそれでいいと思っていた


つまり


結婚なんてしなくても、お金がなくても、一緒に居られればそれだけでいいの。


10代の時に流行った、安っぽい恋愛ドラマの台詞

言ってしまってから恥ずかしさが込み上げてきた

昨日の話だ


杉山はその時から顔色がすぐれず

うん。

と力なく頷いただけだった


少しは

期待していたのだ


心臓が小さく

狭く、キュンと鳴いた



無理だと判断したのが7時

杉山は会社に電話をかけ終えると

また眠りについた

熱を持った吐息、

眉間の皺が

辛さを感じさせた



薄く化粧をし

1980円の鞄の中身を確認する


よし、と。


2日前に買った10本入り

床に置きっぱなしの栄養ドリンクを一本

取り出して冷蔵庫に入れる

起こすのは気が引けたので

手紙を添えた

行ってきます。

小さく囁いて

静かに玄関のドアを閉めた


中古で買ったボロボロの自転車は赤

イヤホンからは

杉山と行った水族館の館内で流れていた曲

頬には涼しい風

頭上に青

信号は黄色

甲高いブレーキ音


深津は目を閉じた


瞼の裏に、杉山の

小学生みたいに無邪気な笑顔が浮かんだ


決めた。


我慢しいの深津が

珍しく、

(きっと人生で最初の最後の)

我儘を言おうと決めた交差点


信号が青に変わった