明日から四月!
明日から四月!もう本当に春だなー、一年長かったのか、それとも短かったのか、なんかよくわからないけどとにかくまた明日から新しい年度が始まるってことで、気持ちも新しくしていきたいね。俺は1年前と比べて変わったんだろうか。特にここが変わった、ということはないけれど、最近つまんないことでいちいちイラついたりしなくなったなってちょっとだけ思う。それから、いいのか悪いのかわからないけど、色々なモノや人に対して「割り切り」「見限り」がちょっとだけできるようになったかなって程度。
人間はそんなに大きくは変わらない。これからこうしたいって思うことがある。それは、自分自身とうまく付き合っていくこと。よくも悪くも今いる自分が未来の自分の元なのだから。おかしなこというけど、自分って2人いると思うんだよ。1人は、頭の中の自分。もう1人は実際に行動する体としての自分。これほど合わせるのが大変なものはないって思うんだ。無理に合わせず、かといって甘すぎず。バランスをとりたい。
大人ってなんだろうね。駆け出しの俺が、社会をみて思った現時点での「大人」の定義は「身体的な面で生殖可能な人間」と「我侭と理不尽、利害関係を精神論で包み、結果論を強調する人間」ってこと。社会にでて思ったけど、はっきり言って大人って「ちょっと知恵がついた体が大きな幼児」でしかない。俺らが子供のころ、こうあるべきだ、そういう風になれと言われていた「大人像」を持った人間は、はっきり言って世の中には存在したことはないと思う。精神論を刷り込まれて大きくなったんだね。それだけははっきりわかった。
俺もそうだけど、人って誰でも「自分のほうが大人」「正しい」って思い込んでるから面白い。これで、大人という定義は無意味であることがわかるけど、ならば一体なにを目指して俺達は生きていくんだろう。人間は、生きれば生きるだけ我侭で横暴になる。俺もきっとそうなってしまうんだろう。それでも、ただのきれいごとかも知れないけど俺は「泣くことができる人」になりたいな。自分のことだけじゃなくて、他人のことでも。世の中に数ある辛さ、痛みや悲しみをすべて知ることなんて絶対できない。けど自分の身の回りの範囲でちょっとだけ知ろうとすることはできる。少しだけ感じた上でその人に対して出てくる言葉や行動はやっぱり変わってくるんじゃないのかなって。なんでそんな風に思うかは、歳とってから、知らないくせに下の世代になんやかんや言うオッサンになりたくないから。まあ、どうしてもそうなってしまうんだろうけど、今くらいだけは自分なりのほんのちょっとの浅はかな正義感ももっていたいよね。笑
さてさて、長くなったけど今日の日記までを本の第一巻掲載分にする。明日からは、第二巻分に突入ってことになる。文章の形式や言葉使いが支離滅裂だったり、不適切な表現、誤字脱字もあったりするけどそのままを残したいので、あえて校閲で直さなかった。苦笑いで読む日がくるといいな。日々自分の生活を記録するのは本当に自分の考えを整理できるし、なかなか面白かった。継続して自分の日常を綴るのって、想像以上に鋭敏な感覚とセンスが必要なんだなって改めて思ったよ。そういう感覚を育てていく上でも、過去の自分を懐かしくみるためにも、これからも日記を継続していこうかなって思う。読んだりコメントくれてた人たち、ありがとう!!

