2016年4月8日⑥
「おんやど白須賀」で上り坂は終わり
平らになった高台の右手に小中学校がある辺りが「白須賀宿」

左手には見晴台があり
そこは「広重」が見下ろした風景でもある
松が桜に代わっても
江戸の人々と同じ場所で同じ景色を眺める幸せ
を味わいつつ
当時の面影を残す宿場町を進み
当時のまま?に不自然に湾曲した道「曲尺手」

説明板を読み当時のいざこざに思いを馳せながら
「本陣」「脇本陣」「問屋場」などが並ぶ
白須賀宿の中心部を過ぎ
地元の名士で本居宣長から国学を学んだ「夏目甕麿(みかまろ)邸跡」
の先は宿場の端っこ…
津波を逃れ高台へと移転したけれど
今度は冬の乾燥した時期に西からの強い風が吹き
度々大火に見舞われてしまいます…
そのため西の端に作られた「火除け地」
幅2間の奥行き4間半の18畳ほどのスペースに
常緑樹で火に強い槙が10本程度植えられていたとか
今でも街道の両脇に盛り土をし根を絡ませ
大木となった槙の木がその風を防いでくれているのでしょう…
そして村外れには「庚申様」
こちらは立派なお堂に祀られていますが
庚申様といえば猿…猿と言えば見ざる言わざる聞かざる
なのですが
その三猿の間に
目を見開き耳を傾け口を尖らせ何やら物言う猿の姿
好奇心旺盛なその姿…誰かと重なるような
そして直ぐにまた宿場

「境宿」は白須賀の加宿
確かに近すぎる…加宿になるのも頷けますが
「ここが猿が馬場」
疲れ果ててか先生の話が良く理解できず
『何が猿が馬場』なのか…意味も分からず先に進む
今日のゴールはもうこの先です…
「おんやど白須賀」で上り坂は終わり
平らになった高台の右手に小中学校がある辺りが「白須賀宿」

左手には見晴台があり
そこは「広重」が見下ろした風景でもある
松が桜に代わっても
江戸の人々と同じ場所で同じ景色を眺める幸せ

を味わいつつ当時の面影を残す宿場町を進み
当時のまま?に不自然に湾曲した道「曲尺手」


説明板を読み当時のいざこざに思いを馳せながら
「本陣」「脇本陣」「問屋場」などが並ぶ
白須賀宿の中心部を過ぎ
地元の名士で本居宣長から国学を学んだ「夏目甕麿(みかまろ)邸跡」
の先は宿場の端っこ…
津波を逃れ高台へと移転したけれど
今度は冬の乾燥した時期に西からの強い風が吹き
度々大火に見舞われてしまいます…
そのため西の端に作られた「火除け地」
幅2間の奥行き4間半の18畳ほどのスペースに
常緑樹で火に強い槙が10本程度植えられていたとか
今でも街道の両脇に盛り土をし根を絡ませ
大木となった槙の木がその風を防いでくれているのでしょう…
そして村外れには「庚申様」
こちらは立派なお堂に祀られていますが
庚申様といえば猿…猿と言えば見ざる言わざる聞かざる
なのですが
その三猿の間に
目を見開き耳を傾け口を尖らせ何やら物言う猿の姿

好奇心旺盛なその姿…誰かと重なるような

そして直ぐにまた宿場

「境宿」は白須賀の加宿
確かに近すぎる…加宿になるのも頷けますが
「ここが猿が馬場」

疲れ果ててか先生の話が良く理解できず
『何が猿が馬場』なのか…意味も分からず先に進む

今日のゴールはもうこの先です…













