京急「八丁畷駅」

かつては八丁続く畦道だった?とかなかったとか

当時を思い起こせるように?

線路脇芭蕉句碑の前に「麦」が植えられています

更に踏み切りを渡ると

駅への向こう脇に慰霊碑「無縁塚」が

川崎宿では江戸時代に度々震災や大火

洪水に飢饉や疫病などの災害に見舞われ

その死者を宿場外れの松などの並木の下に

埋葬したのではないか?と見られ

工事などで掘り出された遺骨を

ここにまとめて供養しているそうです…




そしていつの間にか横浜…へ?

徳川家康も参拝したと言う「横浜熊野神社」

明治の新橋横浜間に鉄道が敷かれた折りに

敷地内に位置していたため

ここに遷座したらしいです

横浜に入ると東海道は住宅街に入って行き

目印も…段々心細くなって行きますが

道脇の一段高い「市場村一里塚」

かつての街道沿いに盛り土した旅人の道しるべ

平らに整地された他のものより

古地図とも照らし合わせやすく


「東海道」を歩いている実感が増します(*'∀`*)v




と言うことはそろそろ鶴見川…

広重の浮世絵みたいに富士山が見えるのでしょうか?