「品川寺」の名の通り

品川宿では最も古いお寺だそうですが



ここはちょっとややこしい

まず「品川寺」と書いて「ほんせんじ」と呼びます

いわれは古く弘法大師空海にまで遡り


御本尊の「水月観音」は

空海の学んで来た密教の教えを『東日本へ広めるプロジェクト』の時に


この地の領主である品河(しなかわ)氏に授けられたもの…


一族が滅びるまで600年近くの間

代々品河家に受け継がれ…

その後は草堂「観音堂」に納められ

地元の人々からの信仰を集めます



時代は変わり

江戸城を築城する太田道灌が勢力を伸ばし

この地に館を構えるようになった時


観音堂にまつられる水月観音を信仰するようになり

一緒に持仏の聖観音もお奉りしたそうです



江戸城を築城し移る際

伽藍「金華山 普門院大円寺」を建立します


その後も戦乱などで波瀾万丈な運命を辿りますが


江戸時代1652年に

一大伽藍「金華山 普門院品川寺」として再建

後に今の山号「海照山」となります



現在の建物は全て
昭和になってから建てられたものですが
4代将軍家綱が家康・秀忠・家光の供養のために

鋳造した「大梵鐘」は

6体の観音像が浮き彫りにされていたり

観音経一巻が刻まれてもあり

『世にもまれなる梵鐘』と言われていました


が…幕末の混乱で?なぜか行方不明となり


大正に入ってから

大梵鐘はスイス国ジュネーブ市アリアナ美術館にあることを確認へ?

その後品川寺の再建が進み

昭和5年にやっと

大梵鐘がジュネーブより贈還

これを期に

今日の鐘楼・会堂・客殿・拝殿・会館が建てられたそうです


そんなジュネーブとの友好関係は

平成になってからも続いているようです


そしてその「大梵鐘」

高い位置で下からはよく見えないのですがあぁ~・・・

浮き彫りのようなのが観音様でしょうか?…




もう一つ


座高2㍍75㌢の青銅の「地蔵菩薩座像」は
江戸に出入りする六つの街道の

入口に一体ずつ置かれた「江戸六地蔵」


このお地蔵様はその第一番東海道の尊像として

品川宿の人々や東海道を行き交う旅人に

信仰されていたそうですルン