いつも言われるんですよ。
嫁のくせに偉そうに言うって。
姑に対して偉そうに言う嫁はおらんって。
嫁は黙って姑の言うこと聞くもんやって。
お互い我慢が必要だって。
私はきんときさんにすごい気を使ってるって。
言いたいことも言わないって。
のび太(旦那)にもきんときさんの文句は言わないって。
自分は良い姑で、
私は悪い嫁やって言うんです。
私、そこそこきちんと嫁業はしてるつもりですけど?
なんで、言われなあかんのやろ?
年末のバトルもそこが引き金になった。
減塩食のことで言い合いになった時、私の言い方がキツイと言い出した。
ババアのためにやっているのに、逆に私が責められることにキレた。
普段、家事を全部引き受け、全部こなしている。
仕事を始めてから、掃除等おろそかになる部分はあるが、睡眠時間を削ってでも家事を全部している。
そのことを言うと、
婆『きんときさん、いつも忙しいなぁとか頑張ってやってくれてるなぁと思っているのよ』
いや、思ってねーし。
当たり前としか思ってない。
だから、私は切り札を出した。
熱中症になった時のこと。
ババアは一切、覚えてない。
他人さんに『調子はどう?』と聞かれても足腰のことしか言わない。
確かに元々足腰が痛かったし、熱中症になって足の筋力が弱くなった。
死にかけた前後の記憶が足腰のことしかないからね。
そのことに対し、私はわざわざ言いませんでした。
じいさん並みにボケたこと。
夜中に何回も風呂に入ったこと。
記念すべき徘徊防止センサーマット捕獲第一号だったこと。
運子を漏らしたこと。
その世話をしたのは私であること。
ボケたじいさんとボケたばあさんを介護していたこと。
とてつもなく大変だったこと。
ケアマネさんに大変、お世話になり、ケアマネさんが奔走してくれたこと。
仕事に行けず、頭を下げまくったこと。
じいさんが徘徊したこと。
ばあさんが死にかけたのを助けたのは私であること。
私が助けなければ、今、生きてないこと。
のび太は何もしなかったこと。
のび太は「ありがとう」と言わなかったこと。
私は言いませんでした。
特にババアが運子を漏らしたことは言いませんでした。
ややボケていても、それを聞いたらショックを受けると思って、私は黙っていました。
大嫌いなババアなのにね。
言ったら可哀想かな?なんて思っちゃったりして、言いませんでした。
そして、じいさんが徘徊したことも。
すぐに見つかったけど、ババアに心配かけてはいけないと思って言いませんでした。
自分で言います。。。
私って優しい嫁でしょ〜〜〜!
それを聞いたババア。
号泣。
そんな世話(運子のこと)をかけたなんて知らなかったと。
ふふふ。ほらね。
下の世話になるってとても遠慮をすること。
それを知らぬ間にしてもらってた。
しかも運子。
他にももっと大変なことはあったんだけどね。
ばあさんは、運子のこととボケて何度も風呂に入ったことを聞いてショックを受けていました。
ザマーミロ。
それを聞いたら、もう極悪非情な嫁だとはいえないだろう。
いやいやいや、
それ以前に私はちゃんと嫁業をしてますけどね。
家のことはもちろん、
親族一同、旦那もババアも含め、みんながほぼ放置してる墓を私は12年半、一回も欠かさずお参りしています。
それでも、私は悪い嫁ですか?
のび太にメールしました。
今日、夕方、旦那は帰宅します。
その時、私は不在。
きっと、か弱き母を演じ、悪者の嫁を罵倒するでしょう。
のび太は「いつもごめん。帰ったらばあさんと話します」と。
長文に対し、これだけかい。
そして、返事を書きました。
これまた長文。
また「離婚」をチラつかせました。
だって、私って悪い嫁だもんね。
結局、いつも黙って働けと言われ、奴隷のように扱われているんですから、私に離婚する権利はあるはずだって。
そして、最後に、
「私に文句があるなら言わせておけ。弁解しなくてもいい。私の見方にならなくてもいい。この家の嫁として相応しくないなら開放してくれ。自由をくれ」
と書きました。
そして、最後の一文。
「12年半、嫁としての私を二人で評価しろ」と書いてやりました。
ふふふ。
文句言えるもんなら言ってみろ。