父さんのとこににいくと

妹はケタケタ笑いながら

iPhoneで

父さんや私の写真をとる。


それを見て

父さんはいたずらっ子のように

楽しそうに笑う。


父さんとおねえ

似てきたね、

とこの間言われた。

確かに似てるし

性格も似てる。

父さんは決して美男子ではないし

どちらかといえばちょっと

おねえっぽいとこがあるが

人を惹きつける

独特の色気があり

そこも自分は似てる。

だが似てると言われると

複雑だ。。。


退職して

義務感でやることがなくなったら

氣が緩み

身体のあちこちの

不調だったとこに

自分の意識が向かう。


今朝鏡をみて

やべーな

痩せすぎだ

と思った。

まずは身体をメンテナンスするのが

今の最優先だなと思った。

ベジでも

ぽっちゃりしてる人もいる。

体質や消化器の構造の違いが

あるのかも知らないが

食べ物をとるときの

意識も関係する、

と自分の見解。

ベジには制限が多い

と捉えるのか

制限の中に可能性を見るのか?

わたしは

ねばならない

とか

してはいけない

と考えて食べていた。


バリの兄貴のライブを見てて

鉄も足りないが

塩も足りてねーな

と思った。

いい塩。ミネラル。

柳宗理さんの鉄フライパンで

野菜スープを作ると

なんかこくが違う!

熱伝導か?鉄分なのか?

うまいのだ。

とにかく身体を変えたい。

更年期を迎えた今、

上手く自分の肉体を乗りこなすには

どうしたらいいか?

試行錯誤している。

同じ年代で

仕事して

インドやら北海道やら

飛び回ってる先輩は

どうしているのだろうか?

これも意識の問題か?

体力の限界、という制限をかけてるのか?


転職活動をしているが

派遣会社の

求人のキャッチコピー


人気の社団法人!

とか

安定の大手!

とか

どれも自分の選択肢になくて

ほんとに私はズレてると感じる。


いいお給料だけもらってれば

あとは、ルーティン回すだけで生きてる

固まった空気感とか

それはそれで立派だけど

この人は新卒から

この世界しか知らないんだろうな

という大手の社員とか

なんか分からんが

社員は派遣社員より偉くて

軽々しく話しかけるもんか的空気とか。

自分は管理部門で

少人数のチームでやるより

現場よりの部内アドミで

いろんな人とかかわりたい

人が好きなのか

そうでないのか?

よくわからんと思ったが

いい仕事をする環境は

大抵いい人なので

それを求めている。

ちなみにあまり在宅への

こだわりもない。

やっぱり会社のデスクのほうが

腰に負担がない。

ただ、ころちゃんに感染したので

もう電車には乗りたくない。

妹は人が嫌いとはっきりしてるので

コツコツ黙々しか選ばない

潔さがある。


MacBookがお白湯をぶちまけて

ご臨終となったが

来月で引っ越しの初期費用の精算が

片付くので

じゃんぱらで中古MacBookを買って

ライティング他の

仕事ができるようにする。


311の後

しばらくインドの瞑想を習いにいっていた。

女医を辞めて

その世界に入った方に

なぜかとても可愛がってもらった。

そこも動物性と五葷は

一切とらない食事で

修養されている方の集まりの場にある

いまの佛堂と同じ静謐さがあり

ああいう空気の中にいると

わたしは落ち着く。

最近また時々ご連絡をいただく。


星野先達の生き方に憧れる。

スピは日常の中にあると思う。

スビ全面ではなく

ごく普通のことを

普通にこなしてるけど

実はどスピに憧れる。

ハワイのエネルギーとか

縄文人のエネルギーとか

そう言う人が本来もつ

計り知れない力全開!

で生きることに憧れるが

どうも日本社会で

それを出させてもらえない氣になっていた。


だか

いま

仕事をやめて

食べて

掃除だけして

チャリでぷらぷらしていると

自由を取り戻した気持ちになる。

この延長に仕事があればいいと思う。


生きてる間にやりたいことの一つに

滝行がある。

この年齢でやらせてもらえるのか?

一回はやりたい。

以前、青梅に住んでた頃

ちょくちょく御嶽神社に行っていた。

滝行ができる

宿坊があるんだぁ、

というとこまでは分かった。

滝行すれば

自分の中にクリスタルみたいな

ぶっとい柱が出来るのでは?

と思ったのだか、どうなのだろうか?


総じてみると

私は修行的なことがやりたいのだろうか?

会社も、死んだ魚の目をしたひとや

毎日同じことしかしてないひと

自分の満たされなさを

他者への意地悪で解消しようとする

くだらなさがなければ

全然いいのだ。

会社のルールだから

とか

常識

とか

の物差しを当てられて

はい、あなただめ!

とか言われると

本当に気持ちが萎えるのだ。

独身で

子供もおらず

在日2世で

派遣社員で

あのお注射うってなくて

ベジタリアンで

というと

「常識的」な日本社会では

まあまあ変態部類に

無言でカテゴライズされてしまう。

ベジともの友人は

自分の歓迎会でベジですので

とカミングアウトしたら

呼び出されて怒られたそうだ。

尊敬する方もベジとカミングアウトして

会社にいる間ずっと

いじめられて続けたそうだ。


これって自分の仕事への誇りとも

リンクしてると感じる。

今でも思い出す設計士の人は

謙虚で誠実だったし

他人は他人自分は自分

と成熟した考えで接してくれる。

メーカーでも

自社製品を愛する人は

楽しそうに働いていた。

わたしもそんなふうに

自分が魂からワクワクできることを

探しているが

まだ

難なく出来ることと

魂がやりたいこと

が完全一致しきれてない。


子供の頃から

父さんが外人で

しかもチンピラめいたとこがある

めちゃくちゃ家庭だったから

父さんは一流私立中に入れたがったけど

いや、無理だろ

ヒエラルキー的に、

とメジャーに属することを

諦めて

はみ出る楽しさを求めるものの

入れない悲しみもあった。

大学も、周りもえ?

というバンカラ校風を選んだ。

ゼミの先生に

あなたはいつも

輪の中心ではなく

外れたとこから見てるよね

と言われたことがある。

それが私の生き方のスタンスだ。


自分が魂から望むことは

ことごとく日本社会の

常識から外れることばかりだが

もはやこれでいいと思う。


父さんは

外に1人で出られないので

奥さんが仕事に出ている間

部屋の窓からみえる

電車の本数や車両の数

何時まで走ってるのか

じっと見てるそうだ。

私たちが行く時は

時間がかかるから

と玄関のドアを

消化器で押さえてあけといてくれる。

あの重い消化器、どうやって下ろすのか?

また奥さんに頼んでるかも知らない。

父さんには

そういう細やかな気遣いすることが

昔からあった。


パラレルワールドだな

と思う。

有名なメーカーが

競争にやっきになって

他社製品を目くじら立て

分析しまくっている

同じ時間に

そうやって電車を眺めて生きてる人もいる。

人間の価値は

どこにあるかと言えば

所属してる会社でも

肩書きでも

持ってる財産でもないと思う。


セラピストがやりたいのは

そういう全部がフラットになる

面白さがあるからだと思う。

星野先達に憧れるのも

そんなことを伝えてくれてるからだと思う。


これを自分のビジネスとして

形にしたらどうなるのか?

毎日考えて少しずつでも

進めてゆく。

心が通い合うことをしたい。