新時代に入って、



これまでとは違う、新しいあり方、


人とのつながり、結びつき方、



新しい創造の仕方を、



日々、確かめながら過ごしています。





軸となるものは、



本当にシンプルなのだと思います。





カラダひとつ、


心ひとつ、


魂ひとつ、




それがすべてで、



それ以外は、自分の "写し鏡"です。





どこまでも自分を慈しんでいると、



それが外界に映し出されるのを、



目に見えて確認することができます。





どこまでもピュアな、



純度100%のわたし、




周波数の軽い新しい世界に持って来られるのは、



この"カラダひとつ"のみであり、




肩書きも役目も、




"どうやって財産を増やそう、生活を守ろう"とか、


"誰かと繋がっていたり、グループや組織に属していないと不安"


"素の自分より、良く見られたい"



といった、欠乏感や自己不信、依存、



独占欲、支配欲も、




虹の橋を渡るには重りになります。





すべてである『裸のわたし』、



その写し鏡である世界。




あるのはそれだけです。





シンプルになる、


純粋な自分自身だけになる、というのは、




"好む人や物だけ残し、好まない人や物は捨てていく"



という"エゴによる取捨選択" ではありません。




自分ではないもの、など存在していませんから。




好きな人も嫌いな人も、



善人も悪人も、



みんな自分自身であった、と腑に落ちて、


受け入れられた時、




やっとそこから、



固定的な価値観やジャッジ、


執着や欲から、



自由になります。




("嫌いだ"、"ゆるせない"、という思いがあるなら、


物理的に切り離したつもりでいても、


意識とエネルギーは鎖でつながったままです)





何も持たない、カラダひとつになった時、



残るのは、



"本当にやりたいこと"


純粋な魂の情熱だけ、



です。





真に魂が望むこと、



心の底から湧く、抑えきれないほどの情熱で、



(使命やミッションだから、でもなく)



"ただやりたいから"


"ただ楽しくてしょうがないから"



やっている、そう生きている、




そんなピュアな状態です。




それに共鳴する人や物だけが、自然につながっていきます。





真の魂の望みに、



身体と心、暮らしを一本に揃え、




ひたすら慈しみ、



その現れである、足元にあるもの、目の前に運ばれてくるものを、



ていねいにていねいに扱い、心を通わせる、





そうある限り、




すべてが上手くいくこと、



必要なものはすべて与えられ満たされていること、




そんな絶対的な信頼と安心感の中にあります。





そう生きる人同士が、自然に引き合い、



響き合い、




つながって、絆が編まれていきます。





それが、



パートナーシップを育み、



社会の創造となります。







沖縄の伝統行事、『綱引き』の綱をみんなで編んでいる様子です(^-^)


手をつかって、心を込めて、



祈りとともに、



ひと編みひと編み、紡いでいく。




縄を綯(な)う、



衣を編む、




暮らしを通し、人と絆を紡ぐ、




足元の、一滴の水、一本の藁(わら)は、



わたしであり宇宙そのもの。




暮らしの中の手仕事、共同作業には、



こんなあり方が自然に込められているのです。




古来の伝統であり、最先端(^-^)




これからは、特別な行事だけに留まることなく、



こんなあり方が日常になりますね。