ショートショート その24
一時、オフィスラブなんて言葉が流行りましたが……
『ミキちゃん』
作/junchan-kk
ミキちゃんは酒が入ると、妙に色っぽくなって、
「ねえ、専務」
なんて斜めはすかいに下から見上げられると、背中がぞくっとしてくる。
「専務みたいな人と一緒になりたかったな」
「おいおい、なに言いだす。そんなに飲んでないのに酔っ払っちゃったのか」
「酔ってなんかいませんよ~。酔ってこんなこと言うもんですか」
長い睫毛をしばたたかせて、口を尖らせる。透明感のある白い肌がほのかに染まり、そんな顔を近づけられると、私にはまったくその気はないのに、吸い寄せられそうになる。
「じゃ、悪い冗談だ」
「冗談なもんですか。専務が総務部の部長で、私が配属になったころから、ずっと専務のこと好きだったんだから」
「バカなことを言うんじゃないの」
「バカですよ~。私はどうせバカですよ~」
身をよじらせる。私が呆れて黙っていると、
「あ、また若い子みたいに拗ねてる、なんて思ってるんだ。似合わないですよ、どうせ。もう三十なんだから」
「年の問題じゃない」
「専務は還暦で、年の差は三十。問題ないですよねえ」
言っていることがムチャクチャだ。
「もういい加減に切り上げて、家に帰りなさい。明日君は結婚式を挙げる身だよ」
ミキちゃん、大げさに天を仰いだ。
「あ~、やだやだ。結婚なんかしたくない~」
「なにを言ってるの。人も羨む美男美女のカップルのくせに」
「玉の輿だか、逆玉だかしらないけど、どうせ政略結婚じゃないですか」
「私は派閥など作らない」
恨めしげな視線が私を突き刺す。どう言い繕っても、今度のミキちゃんの結婚が、私の地位を強化してくれるのは事実だ。だが、そんな計算だけで、私はこの話を進めたのではない。
どうみても似合いのカップルで、私の家で開かれた見合いもどきの席から、気が合ったよう。その後の親密な付き合い方からいって、相思相愛だと思っていた。だから進めたのだ。
ミキちゃんの私に対する思いはうすうす感じてはいたが、親子以上の年の差からいって、まさかまさかだったのだ。
「専務、せめて今夜一晩だけでも、ダメですかあ」
目にイッパイ涙を溜めて、迫ってくる。
「ダメダメダメ」
「ダメダメダメも好きのうち~」
「ダメなものはダメ」
「ダメなものはダメじゃない」
まいったなあ。なんとしても、早くタクシーに押し込んで、家に帰してやらなくちゃ。
明日私は結婚披露宴の主賓として、こんな挨拶をしなければならない立場なのだ。
ーー新郎三木義彦君は我が社の次代を担うホープ中のホープでして、私が我が社初の女性重役に就任して以降も……
了