リスト が生まれた日
10月22日
リスト 1811年10月22日 ~ 1886年7月31日
フランツ・リスト
フランツ・リスト(ドイツ語: Franz Liszt)、もしくはリスト・フェレンツ(ハンガリー語: Liszt Ferenc、1811年10月22日 - 1886年7月31日)は、ハンガリー王国出身で、現在のドイツやオーストリアなどヨーロッパ各地で活動したピアニスト、作曲家。 自身の生誕地(後述)であり、当時属していたハンガリー王国(当時はオーストリア帝国支配下の版図内)を祖国と呼び、ハンガリー人としてのアイデンティティを抱いていたことから、死後も「ハンガリー」の音楽家として認識・記述されることが多い。Wikipedia
■19世紀を代表する大ピアニスト リスト
なにしろ音楽家としては異例の人物だ。パガニーニのヴァイオリン演奏を聴いて、自分はピアノのパガニーニになるのだと宣言して、猛特訓のすえそうなった。そうなってからは、ヨーロッパの楽団を総なめして大ピアニストとしての地位を築き上げた。
1823年(リスト12歳)のときにウィーンでコンサートを開き、晩年のベートーヴェンに出会っており、ベートーヴェンから賞賛されたという。
マリー・ダグー伯爵夫人と恋をして3人の子供をもうけたが、そのうちの一人が後に大作曲家のリヒャルト・ワーグナーの妻となるコジマである。
リストはまずピアニストとしてのリストがいる。そして作曲家としてのリスト。評論家としてのリスト。様々な顔を見せたリスト。評論家としてはグリークやメンデルスゾーンを高く評価したし、自分が認めた音楽家の支援も行ったとみられている。
いまも評価されるのは作曲家としてのリストだ。自分をハンガリー系の音楽家と見ていたリストは、ハンガリーの音楽に執着しており「ハンガリー狂詩曲」という作品を多数残している。また、ピアノ協奏曲2曲に、多くのピアノ独奏曲。それに大作曲家の作品をピアノに編曲(ぺートーヴェンの交響曲のピアノ編曲)するなど、多彩な活躍をした。
晩年、カトリック信者だったために、離婚が認められないダグー伯爵夫人と結婚できないこととなり、リストは僧侶となり総員に隠って過ごすこととなる。
音楽家として、評価が難しいがピアニストには好まれるようで、多くのピアノ作品がいまだに演奏され続けている。難しい技巧とピアニスティックな効果が高い次元で実を結んでいるからであろう。
youtube
フジ子・ヘミング~ラ・カンパネラ(2015)
ハンガリー狂詩曲 第6番 フランツ・リスト.wmv
ピアノ:マルタ・アルゲリッチ
■二つのリスト演奏
フジ子ヘミング
評価の分かれる演奏である。クラシック音楽ファンからは酷評も出ることのあるフジ子ヘミングさんの演奏。だが、この演奏に言葉にできない詩情を感じる人も多い。画像を観ずに音だけに耳を傾けると、いままでと違った音楽が聴こえてくるかも。
マルタ・アルゲリッチ
素晴らしいピアニストだ。気分屋でわがままと考えられているが、興に乗ると最高の演奏を行う。ここでのリストの演奏も素晴らしい。
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