作家の半藤一利さんが死去 昭和史研究で著書多数、90歳
1/13(水) 0:26配信 共同
死去した半藤一利さん
「日本のいちばん長い日」などの著作で知られる作家の半藤一利(はんどう・かずとし)さんが12日午後、東京都世田谷区の自宅で倒れているのが見つかり、死亡が確認された。関係者への取材で分かった。90歳。東京都出身。
https://news.yahoo.co.jp/articles/55487a81533a83dd9799aa93c0a5391acbf1536f
■文芸春秋時代 司馬遼太郎を担当 戦艦大和のこと
半藤さんは、文芸春秋社に編集者として勤務していた。長ーい編集者時代に昭和の大作家である司馬遼太郎を担当。司馬遼太郎氏とはさまざまなエピソードがあるが、戦艦大和の話が面白かった。これは、半藤さんから直接聞いた話である。
半藤さんは、終戦近くのころ学徒動員で造船所で働かされていた。広島県呉だと思う。
そのころ「巨大な戦艦が造られている」という噂があったが、秘密裏に進められていたことなので詳しく知るよしもない。
しかいやがて、その戦艦が「大和」という日本最大の戦艦だということが伝わってきた。どんな船か見たくてしょうがなかった。
ある日、その「大和」が出港するという話があった。少年だった半藤さんは、学徒動員で働いている造船所の工場の隙間をのぞき見ていた。
あまりの巨大さに腰を抜かさんばかりに驚いた。こんな凄い船が造れるんだ。日本は凄いと思った。
この話を司馬遼太郎氏に話したところ、司馬さんは、めちゃめちゃうらやましがって、
「え、戦艦大和をみたの? いいなあ。ぼくも見たかったなあ。どんなだったの? 巨大だったんだ。いいなあ。見たかったなあ。」
と、ほんとうに羨ましそうだった。
半藤さんは、司馬さんに大和の話を書いてもらいたくて話したのだ。
「司馬さん、ぜひ書いてくださいよ。」
ところが司馬遼太郎氏は、よい返事をしてくれなかった。
「大和は見たことがある君が書くべきだ。半藤さん、君が書きたまえ。」
これが、司馬さんからの奨めだったのだ。
のちに半藤さんの「昭和史」に結実することとなった。
■またひとり、昭和の知性が亡くなった
昭和の歴史を背中で背負ってきた半藤さん。90歳。文章もきれいだったが、そのお話が、とても楽しく面白かった。またひとり、昭和の知性が亡くなった。ご冥福をお祈りしたい。
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