悲観主義は気分に属し
楽観主義は意思に属す
僕の 金物工 青春劇場だった
川沿いの場所。
今はもう跡形もなく
何かのヤードに。
あれからもう10年。

いいことよりも
口ん中苦くなることの方が。
それでも僕は
僕なりの苦労も身にならず。
それは先天的なまるで僕は……。
カナリアのレモン。
この全くひねりの無いネーミング。

テラスが暖かいものだから
ぺちゃんってなって。
暑いものだから
口で息ハーハーいって。
いったいどっちだい。
今年で最後の
〆のランドセル。
マッサンは水色。

大人になっても使える
一生ものランドセルって
あってもいいのでは。
一生…はオーバーだけど。
皮の色も使い込む程に
あめ色になっていくような。
子供のものはなかなか捨てられず。
でもこの6色のランドセルが
例えばどこかの国の誰かの
ランドセルになるなら。
とか。
もうすぐ卒業と
もうすぐ入学が
両方の我が家。
朝の開店直後の
スーパーマーケットは
沢山の食パンが半額に。
超熟か本仕込みを大量買いするも
1日2斤近くを消費する我が家。
それでも余ったときは
僕がフレンチトーストを焼く係に。

最近は卵と牛乳に
更に「豆乳 」を投入。
なかなか好評。
体に良さそう。
僕が皮肉屋だから
いけないのかと思った。
友人に
恩師をdisられた。
disるなんて
なま易しいもの
ではないくらいの。
覚悟があっての事なのだろうか。
正確にはもう昔友人だった者だ。
彼にとっても恩師だった筈なのに。
彼はこう言った。
恩師は変わってしまったと。
だからもう恩師なんかではないのだと。
違うよ。全く違う。
自分が師と仰いでいながら
もう師とは思わないなんて
変わってしまったのは君の方だ。
変節したのは師ではなく君なんだ。
言葉は残る。
刻まれる。
謝罪や撤回が
上書きにはなったとしても
刻んだ跡が消えてなくなる訳では
ないのかもしれない。
僕は彼の間違いを指摘しつつ
彼をdisった。
決して気分のいいものではない。
でも僕は、云われたら云い返す。
でも僕は、10云われたら100返す。
他ならぬ自分の一番大切なものなら