もうすぐ丸5年
6月5日は父の命日です。
父と一緒に写ってる写真探したけど
無いタラー
これは母と幼き私、ファインダーの向こうに父

私が着物を好きになったきっかけは
父でした。

父は田舎の出身
長野県の花屋の次男坊ひまわりチューリップ

永福町の呉服屋さんに
住み込みで就職したのは
確か16歳って言ってました。

そこで20歳まで

そこから違う職種になって
独立して自営業になって
私が生まれました。

父から聞く昔話が面白くて

当時、銭湯で
同じ界隈で住み込みで仕事してる
同じ歳くらいの人と
毎日おしゃべりするらしく
16歳から20歳位の子達だから 
ワイワイしてるんだと思うけどニコウシシほっこりもぐもぐガーン

色々なお店があって

小僧さん達はそれぞれ
お屋敷に出入りするんだけど
和菓子屋さんやお煎餅屋さんは
品物を勝手口の女中さんに渡すけど
自分は着物持って行くから
奥女中さんに
奥の座敷まで案内して貰えるって
自慢してるんです。
小僧仲間さん達に
自慢げな顔をしている少年の頃の父
目に浮かびます爆笑


呉服屋屋さんに勤めて
ある時から
反物の買い付けを任されたって

日本橋の呉服問屋まで
永福町から自転車で行って
お得意さんの好みに合わせて
何本か買い付けて
気に入ってもらえて
また任されて
嬉しかったって
私に自慢げに話していました。


当時は今より需要があるから
お屋敷の奥様たちは店頭にある
もしかしたら誰かが当ててみた柄の物は
買わないって言ってました。



で、反物持って奥まで行くと
帰りに奥女中さんが
和菓子屋さんが持ってきた

(毎日
必要な数だけ小僧さんが
持ってくるらしいです。)

「小僧さん、これ食べてって」
って、くれるんだって
これもお風呂で自慢したんでしょうねー笑い泣き

それで父は「へい」って言って頂いたらしい爆笑
「はい」じゃなくて

父曰く「はい」は目を見て良い人で
小僧さんの父は下向いて
「へい」って言うらしいです。

父は昭和8年生まれ

今の子達は昭和時代って一括りでしょうけど
昭和は長かったから
昭和一桁とか、そういう言い方しましたね。

ほんと私に文才があったら
この時の話を本にして、やすらぎの何とかで
(あれっどこかで聞いた!?ニヤリ)
テレビで放送したい位
面白いエピソードたくさん

まあ
父が自分に都合良い様に
言ってたのだと思いますが。

その後の違う仕事の住み込み時代の話も
とても面白いです。
青年時代!


テレビに出て来る人の
着物を色々解説してくれてましたキラキラ


私のバブル時代の話より数段面白い拍手
下矢印おそろしい格好してますね笑い泣き
後で後悔するとも知らず小麦色アセアセ

私の16歳はGB RABBITS
そこからLA SCALAに
TOKIO.
RADIO CITYはそれ程行ってません。
J trip bar.
マハラジャとKng&Qeen
週4〜5位で行ってました。
私はA-garlです笑い泣き知ってる人いますか?

車でしか行かない芝浦ファクトリーは
今だったらゲートウェイ。
ジュリアナには行ってないのが
私の自慢です。

ここは必ず言います。
行ってません!!

青山から渋谷の深海魚に移動して。

何の話か分からなくなったけど
たまには昔を思い出して
青二才の自分や若かりし父を照れ

下矢印しかし、重ね重ねおそろしい格好タラー

若いって良いですねニコニコ