ドレス作り
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結婚式前のブログにチラッと書いていましたが、2次会での私の中でのメイン。
作り終えることができるのか、すごく心配でした。
何でドレス作るなんて血迷ったこと言ってしまったんだろう・・・。
自分でもあきれてしまいます。
はじめは一人で作ろうと思っていました。
でも、彼の二次会で着るものを相談したとき『
は何着るの?』って聞かれました。
私は『・・・作ろうと思ってるの。』
『?何を?』
『2次会で着るドレス。無理かな・・・』
『ぼくも作るよ
ぼく、家庭科得意だから』
(はぁ、家庭科得意ですか。でもドレス作れるかどうかは・・・不安)と思いましたが、『よし、作ろう
』と決めました。
ドレスを作るといっても、裁縫の経験なんて全然なくて、高校生のときに『はんてん』作ったくらいで終わってます。
もちろんミシンなんて持っていなかったし。
実家のミシンは、家を建て替えたときに捨てちゃったので彼のお義母さまに借りることにしました。
ドレスを作ることは内緒。
自分で作るんだから、好きなデザインや好みの生地で作ることができます![]()
どんなのがいいか考えて、上身頃はずっと憧れだったビスチェとホルターネックで、ビスチェの後ろは編み上げにしました。
スカートはAラインのトレーンタイプで、上にオーガンジーを何枚か重ねるよな感じです。
トレーンの長さは60cmくらいにしました。
ドレスの生地は、バックサテンシャンタンのシャンパンゴールド。
シャンパンゴールドのドレスって、なかなか結婚式では着られないですよね。
やっぱりWDはホワイトかオフホワイト、あるいはすこーしだけクリーム色な感じとか。
それにCDだって、WDとはがらっと雰囲気を変えたいから違う色を選んだり。
だから、2次会で着るドレスはシャンパンゴールドの色にしました![]()
サテンやオーガンジーなどなどの生地が手に入ったのは、12月ぐらいでした。
年末年始の連休にがんばろうって思っていたのですが、年末は『まずは部屋の掃除から・・・』なんてことでまったく進みません。
年が明けても、なんだかんだでまったく手をつけませんでした。
ドレス作りを知っている妹に『ほんとに大丈夫なの~?』といわれました。
やらなきゃいけないのはわかっているのだけどね・・・。
結局、仮縫いを始めたのは2月の中旬。
平日は仕事してて、家に帰ってくるのも遅いので作業を進められるのは土日だけ。
土日は自分の楽団の練習と彼の所属するアンサンブルの人と一緒に練習があったりで作業はいつも深夜でした。
彼も一緒に手伝ってくれたのが、かなり励みになりました。
私がミシンを使っているときに、型紙を切ってくれたり、生地を切ってくれたりしました。
また、ミシンで縫うのがずれちゃったときなどは、糸を解いてくれました。
私がやると、『イー』ってなることを、文句も言わずにやってくれました。
結婚式まで2週間を切った時点でドレスは、やっと上身頃とスカートの形が見えてきたぐらいで、まだ合体していません。
あせっていました。
私たちが2次会をする、ホテルオークラの担当の方に、『ドレスダメかもです』っていったところ、『本当にダメそうだったら、言ってくださいね』っていわれ、どんなにか心強かったか。
平日も仕事も速めに切り上げて、帰ってからお針子を進めました。
上身頃とスカートを縫い合わせたとき、ファスナーをつけたときはドレスの形が見えてきて本当にうれしかったです。
でもやることはまだまだたくさん。
上身頃の裏地、スカートと裏地のすその始末がまだです。
毎日睡眠時間は2~3時間。
夕飯のしたくとか、お弁当も作ったりで本当に毎日必死でした。
前日の30日は会社を休み、シェービングとミラコスタに荷物の搬入があったので、11時には家を出発しないといけません。
だけどドレスの裏身頃ができてなくて、朝9:30まで結局作っていました。
本当に何をやってるんでしょうね。
99%は完成してました。
残りの1%は、ホルターネックのボタンをつけるのと、ビスチェの後ろの編み上げにリボンを通すこと。
前日に予約しておいた、ホテル・ザ・マンハッタンで彼が最後の仕上げをしてくれました。
終わってみると、結婚式までの最後の2週間は私たちにとって本当に死闘でした。
ドレス作りを知っている人から、進捗状況を聞かれたりすることとか少しプレッシャーに感じた時期もあった。
でも、自分たちでづくった世界で一つのドレスを着て2次会の会場に入っていったとき、本当にうれしかった。
みんなの前で、『ドレス、自分たちで作りました』って発表したときのみんなのびっくりした顔は一生忘れないです。
一人でドレスを完成させることは、きっと無理だったと思います。
糸を解く作業とか、文句も言わずに手伝ってくれた彼がいなければ。
一緒に作ってくれて本当に、本当に感謝しています。