成長 | 陽のあたる場所を探して

陽のあたる場所を探して

浜田省吾さんのこと
日々思うこと

この夏、息子は近所の子供たちとずっと外あそび。

虫を捕まえたり、バトミントン?したり

めだかを捕まえたり

「のどが乾いた~ お茶! アイス!」といって帰って来ては

すぐに外へ飛んで行く

今日も然り。




少し前まで、外遊びの時も「お母さんもついて来て」って言ってたのに。

最近では、「お母さんは来んでもいい」と。



成長してるんだね~

一抹の寂しさを抱えつつ 子の成長を喜ばないと。










レバノン出身の詩人、カリール ジブラン の「子供について」という

とてもいい詩があります






子どもについて

赤ん坊を抱いたひとりの女が言った。
どうぞ子どもたちの話をしてください。
それで彼は言った。

あなたがたの子どもたちは
あなたがたのものではない。
彼らはいのちそのものの
あこがれの息子や娘である。

彼らはあなたがたを通して生まれてくるけれども
あなたがたから生じたものではない、
彼らはあなたがたと共にあるけれども
あなたがたの所有物ではない。

あなたがたは彼らに愛情を与えうるが、
あなたがたの考えを与えることはできない、
なぜなら彼らは自分自身の考えを持っているから。

あなたがたは彼らのからだを宿すことはできるが
彼らの魂を宿すことはできない、
なぜなら彼らの魂は明日の家に住んでおり、
あなたがたはその家を夢にさえ訪れられないから。

あなたがたは彼らのようになろうと努めうるが、
彼らに自分のようにならせようとしてはならない。
なぜなら命はうしろへ退くことはなく
いつまでも昨日のところに
うろうろ ぐずぐず してはいないのだ。

あなたがたは弓のようなもの、
その弓からあなたがたの子どもたちは
生きた矢のように射られて、前へ放たれる。
射る者は永遠の道の上に的をみさだめて
力いっぱいあなたがたの身をしなわせ
その矢が速く遠くとび行くように力をつくす。

射る者の手によって
身をしなわせられるのをよろこびなさい。
射る者はとび行く矢を愛するののと同じように
じっとしている弓をも愛しているのだから。


『ハリール・ジブラーンの詩』
    神谷美恵子・訳(角川文庫)より




親は、ともすれば、子供を自分の所有物のように錯覚してしまいがちですよね。

子供が言う事を聞かない、、、、これは親の型に都合にはめようとしていることが多々あるのではないかと思う今日この頃です。

子供はひとりの人間です




子供が親の元を飛び立つまで

そう長い時間はかからないのかもしれない




そう思うと 今がとっても愛おしい

あなたがわたしのこの手を必要とするまで

わたしは両手を広げて待ってるからね。

いつか飛び立つときまで