こんなところで(加筆) | 陽のあたる場所を探して

陽のあたる場所を探して

浜田省吾さんのこと
日々思うこと

昨日、酒屋に行ったら

なんだか耳に心地のいい音楽が流れて来た。

店内はずっとクリスマスの音楽。

その曲だけ突然耳に入って来た。

すごく落ち着く~

「何の曲?」って思ってたら

ジャズピアノで奏でる「悲しみは雪のように」だった。

でも、、、この曲ってクリスマスの曲じゃないよね?!

一般的にはそういうジャンルに入るのだろうか?

この曲は、お母さんが脳梗塞で倒れたときに

新幹線の中で売り子さんとか見ながら、「みんな悲しみをかくして生きているのだろうか」と

感じながらつくられた曲だったよね?!

省吾事典によれば、

この歌は、浜田省吾さんの母親が危篤になり、意識が戻らないままのときに、広島から次のコンサート会場に向かわざるを得なくなって新幹線に乗っているときに思い浮かんだ曲だそうです。

悲しみの涙の中で、悲しみは、決して自分だけにあるのではなく、車中の他の人にも、車窓から見える人にも、見えない涙を流しながら、みんなに悲しみがあるんだ、ということに気がついたそうです。

そういえば、浜田省吾さんは、ベトナム戦争でクリスマス停戦というのがあることを知って、それならば1年中クリスマスになればいいのに、それならば、みんなが1年中、人に優しくなれるような気持ちになれるのにと思いながら作ったのが、それが、当時のシングル「悲しみは雪のように」のB面「センチメンタルクリスマス」らしい です。
浜田省吾さんの人柄を示すエピソードですね。


というわけで、、、、
悲しみは雪のように。