板屋さんのMassageが更新されていましたね~
On the road 2011のDVD編集すすんでるのかな。
ぜひ。さいたまの映像も入れて欲しいな。
で、Back Number見てて あれ と思ったこと。
板屋さんが、さいたま最終日の後書かれていたことなんだけど
「昨晩、自宅の台所で蝋燭の灯りで独りで酒を飲んでいる時に
ふとThe BeatlesのLet It Be Nakedが聴きたくなった。
久しぶりに聴いたら、色々な意味で何だか妙に胸に来るものがあった。」と。
んんんん。この前読んだときはさらっと読過ごしたけど
なんだか気になってLet it be Naked調べてみた。
そういえば、数年前?だったかな、このアルバム出たのは知ってたけど。。。
1970年ちょっと前。
この頃のビートルズの状態と言えば。。。
1968年4月にスタートしたアップル社が7月には早くもブティックを閉鎖。その他の部門も不振で休業状態でした。1967年ブライアン・エプスタインの死後「ノーという人間がいない」状態で4人は前には進んではいたが方向はそれぞれ違う方へと向かっていました。破綻寸前という状態。
1969年3月12日にポール・マッカートニーがリンダ・イーストマンと正式結婚。
1969年3月20日にジョン・レノンがオノ・ヨーコと正式結婚。
アップル再建に関しては、だれをたてるかで内部で対立していた。
ともかくこの頃ではアップル再建のためビートルズとしての活動が急務でしたが、4人はビートルズとはいっても、それぞれ一家をかまえるほどになっていたわけですから、ポール・マッカートニーが提唱した「停止したライブ活動の再会」と云うのは、実際にはムリな話だったのですね。
まず、ジョージ・ハリスンは従来のコンサートの混乱を招くだけだと反対。
すでにジョン・レノンはオノ・ヨーコとの平和運動に一所懸命だったのでした。
リンゴ・スターも俳優業に力を入れていました。
結果としてビートルズとしてのライブ活動の再開は実現せず、代わりにスタジオ・ライブの録音とその映画制作が行なわれることになったのでした。
このスタジオ・ライブ・アルバムのタイトルは「原点に戻る」という製作意図から「Get Back」とされ、映画を見ればわかりますがデビュー・アルバムのようにオーバーダビングを加えない「一発録り」で行なわれました。
また、ジョージ・マーティンの提案で音に厚みを出すためヴォーカル・マイクは2本づつセットされ、ビリー・プレストンがキーボード・プレーヤーとして加わりました。
映画の前半部分のスタジオ録音では100曲以上の録音をしたにもかかわらず、これも映画を見ればわかりますが、おフザケで終っちゃったのもあり、完成状態の録音は数曲しかなかったそうです。
結局まともな録音は1月30日のアップル屋上での「ルーフ・トップ・コンサート」で、映画の後半部分(ビートルズにとって最後のライブ演奏)がそれで、これで「Get Back」というセッションは終了、映画の撮影もクランクアップしました。
映画のなかで、「 I've Got A Feeling 」のリハーサル中、ポールがジョージ・ハリスンのギターに注文を出す様子が写っていますが、実際には口論のようになったそうで、この日のことかどうかは分りませんが1月10日のムカッときたジョージ・ハリスンはセッション途中で帰宅してしまいました。その後ポールの謝罪によってジョージはスタジオに戻りましたが、メンバーの状態はこんな風でした。
ここからが大事ですが
このテープは気持の離れた人たち(ポール・マッカートニーを含むメンバー全員が制作を放棄)により放置され、後にポール・マッカートニーに頼まれたジョージ・マーティンが(たぶんイヤイヤ)編集し、6月になってようやく「Get Back」というニューアルバムの発表がアップルからありました。
ところが映画の編集も手間取り、アルバムの編集も手間取り、ライブ仕立ての「Get Back」は発売が延期され、ケッキョク最終的に発売中止になってしまうのでした。
◎ビデオ「コンプリート・ビートルズ」の中のジョージ・マーティンの言葉「ポールはなんとかもたせようとしましたが、強引なところが嫌われましたね」「すでに彼らは崩壊していました」
「私も、もう、うんざりでした。もうイヤだと」と言って、デビュー以来常に一緒に音楽を作ってきたジョージ・マーティンさえアップルを去っていきました。
そこでフィル・スペクターが出てくるわけです。彼はジョン・レノンとアラン・クレインの要請で70年1月に「Get Back」セッションのマスター・テープをもとに「LET IT BE」アルバムの制作に取りかかるのです。
というわけで、以前の版がビートルズが望まなかったものとは言えないわけで、
また、今回発売された「naked」が“ビートルズが望んだ”ものとはいえません。ただし“今のポール・マッカートニーが望んだ”スタイルなのかも知れませんね。ジョージ・ハリスンも亡くなって文句を言う者がいなくなったため。制作出来たともいえましょうか。
当時「ロング・アンド・ワインディングロード」にストリングスを入れたことをポール・マッカートニーはお怒りだったと聞きますが、当時の感情的なものだったのではないでしょうか。ホントにこだわるなら「LET IT BE」のようにシングル盤でのリリースも可能だったでしょう。
◎シングル版「Get Back」はオリジナル・テイクのまま、ジョージ・マーティンがプロデュース。アルバム版はリピート部分をフィル・スペクターが編集。
◎シングル版「LET IT BE」はジョージ・マーティンがプロデュース。ベーシック・トラックは同じものだがジョージ・ハリスンのギターがオリジナルの長めのバージョン。対してアルバム・バージョンは短めのものに差し替えられ、区別が簡単。
聞き比べてみますとジョージ・マーティンのシングル版は昔ながらのいかにもビートルズという感じがありますね。
また、フィル・スペクター版に関しジョン・レノンはどうだったかというと自身の「Jealous Guy」のビデオクリップの最後に「フィル、君はホントに素晴らしい」とわざわざ入れている位ですからアルバム「LET IT BE」に関しても満足していたのではないでしょうか。
ということらしい。
Let It BeとLet It Be Naked、聴き比べてみたいな。